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裏通りの人びと

「モーツァルトの息子」 池内紀

この本の中で紹介されているひとたちで知っていたのは、カフカの恋人だったフェリーツェだけ。あとの人は初めて知った。歴史の表舞台で活躍したとはいえない「史実に埋もれた愛すべき人たち」30人の文学的ポートレート。「姿の消し方」を改題して文庫化したのが本書。

デュッセルドルフの殺人鬼キュルテンは声が聞こえたそうだ。一方は現実の声、一方は夢の声。「そんなふうに私は半身ずつ別だった」。人間における悪については「単に悪への喜びから犯罪を犯すものはいない。つねに何かがこれに加わる。その何かは当人の咎ではない」。キュルテンは刑の執行まで好きな冒険小説を読んでいたそうだ。死刑について、彼は「しょせん死刑によって何か達せられるわけでもない。流された血が、犯罪者の血でもってつぐなわれるものかどうか疑わしい。大衆が求めるところの報復を行うだけではないのか」と言った。処刑の数日前、キュルテンは看守と談笑中にこう言ったそうだ。「首を落とされると困ることが一つだけある。首なしでは本が読めない」。

カフカはフェリーツェと5年の間に、2度婚約をし、2度とも破棄する。カフカ全集には「フェリーツェの手紙」の巻があり、もっとも厚い。原稿用紙に換算して3000枚をこえるそうだ。邦訳のカフカ全集を持っているが「フェリーツェの手紙」は全部読んでいない。500通あまりの手紙に対する返信は相当数あったと思われるが、カフカはフェリーツェからの手紙を一切残していない。フェリーツェは、カフカと別れたあとナチス・ドイツ時代にアメリカへ渡った。第二次大戦後、世界的なカフカブームがおこったとき、ある出版社が書簡の購入を申し出た。膨大な手紙の束をカフカの死後、30年あまり彼女は保管し続けており、ドイツからアメリカへも持ち込んでいた。出版社が手紙の束を運ぶとき、フェリーツェはこれが3度目のお別れといって、涙を流したそうだ。

この本を読むと、池内さんは、どうやってこれらの人びとを見つけ出したのかと感心してしまう。あとがきに書いてあったが、裏通りを歩くうちに勘というもができていいものが見つけらるようになったそうだ。ひとつひとつは長くはないが、そのひとの生き方がわかる文章だった。

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