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2008年5月

ナビスコ杯 川崎 2 - 0 札幌

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<川崎 2 - 0 札幌>
[得点]
前半18分 我那覇 
後半39分 ジュニーニョ

行ってきました雨の等々力競技場。おまけにもうすぐ6月とは思えない寒さでした。でもめったに見られない札幌の勝利が見られそうだったので行きました。前半は札幌のペースでした。最初のチャンスを植草が止めたら、その後何度もファインセーブで得点を許しません。今日は当たりでした。川崎はコンビネーションがかみ合わず、ポジションはだぶるし、パスはつながらずと苦戦でした。

今日は、札幌の勝ちが見られるかと思ったやさきに、なぜか札幌DFが我那覇にフリーでミドルシュートを打たせそのままゴール。久し振りの我那覇のゴールで管理人は思わず拍手をしてしまいました(どっち応援してんるんだと突っ込まないように)。

後半の立ち上がりも、札幌が良かったです。クライトンがフリーで打ったあのシュートが決まっていたら違う展開になっていました。やはりまた植草にはじかれ得点ならず。結局このシュートが後半唯一札幌のシュートでした。両チームとも蹴り合いみたいになり、ジュニーニョがカウンターでDFを抜き去り、GKと1対1になったとき、たまらず出てきた佐藤がジュニーニョを倒してPK。その前にも、ジュニーニョを止められず体をぶつけて吉弘にイエローカードがでており、DFがスピードについて行けませんでした。

今年の札幌の補強は、ただ人が変わっただけという感じでよくはなっていません。後半40分過ぎあたりから川崎がワンタッチでパスを回しだし、札幌は全くボールを奪えなくなりそのまま終了。エジソンが途中交代で出場しましたが、高さはあるけどスピード不足でした。使うにはちょっと時間がかかりそうです。飛車・角落ちくらいの川崎に勝てないとは・・・_| ̄|○

<番外>
今日もお世話になったWall Paperのマネージャーさんです。

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ちぇいるぎょっぼ

「日本のマラーノ文学」 四方田犬彦

「パッチギ」とは韓国語で頭突きの意味だったとは僕は知らなかった。プロレスラー大木金太郎の原爆頭突きはまさに「パッチギ」だったのか。といってもキム・イル大木金太郎を知っているひとも少なくなったと思うが。マラーノとは、中世スペインでキリスト教へ改宗しながらユダヤ教を密かに信仰したユダヤ人を指す言葉だ。本書では、自分の出自を隠しあるいは偽りながら活動する文学者・芸能人を示す言葉になっている。それは被差別部落出身者、在日朝鮮人、日本人でありながら中国人・朝鮮人のふりをする人たちである。

被差別部落出身の中上健次は、はっきりと述べてはいないが、小説の中では「路地」と呼ばれている場所がその場所であることはわかる。松田優作の場合は、その出自を最後まで語ることはなく、ニヒリズムとシニズムの仮面を被り続けることによって、日本映画を代表するアクションスターへの道を歩んだ。

立原正秋は、和服姿で鎌倉を散策し、骨董や能を愛でるイメージが強い。立原正秋は生前から、朝鮮の血が流れているのを公言していたそうだ(これも僕は知らなかったが)。日本語で書く作家として、朝鮮人を両親として生まれてきたことをどう受け止めてきたかということについて語られることがなかった。立原正秋は「在日朝鮮人作家」という範疇には入っていないと思う。僕も含めて、そのイメージから誰もが日本人だと思っていたに違いない。ここで筆者は、徹底した日本回帰が在日文学者としての立原正秋固有のあり方であり、朝鮮文化からも疎外されて育った知識人の心理的代償行為であったと述べている。

この本のなかで、帷子耀という詩人が紹介されており、興味深かった。60年代後半から70年代前半、10代で「現代詩手帖」を舞台に活躍しその後全く詩を発表しなくなった帷子耀を筆者が訪ねる。帷子耀は現在、甲府でパチンコ店を経営している。自分の父親は韓国人で、リヤカーを曳きながら廃品を回収し、父親はそれを恥じることがなかったことが自分の自慢なのですと筆者にむかって語った。なぜ詩を書くのを止めたのかという質問には、もう自分に才能がないとわかってきたし、それ以上は、勉強しないと書き続けることは無理で、自分は勉強が嫌いで、勉強をしてまで詩を書きたくなかったと答えている。帷子耀は、自分が書いたものや刊行したものをなにひとつ所有していなかったそうだ。筆者は、彼の率直さに驚くとともに、冷静な自己分析に感嘆したと書いている。

冴えかえる
菊と刀をふくんでか
咲きそそる傷 非戦闘員の腑に

あえて默在すあえぎに
まっとうする抒情七つのあえかなる夏
薄明をぬるましく書く<三光・・・>と
ハネムーン死ぬ爪たちかこみ

尻を追う!
宰相よ死ね唱道の人差指はみずみずしき肉
青眼もいわれなき刻なまじまぬ
霊魂婚礼在せばならず

しんかんと鳩胸しぼるブランコの
死に花真昼
まむけるわたし

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Hello Kitty 携帯チャームの謎

VOGUE2008年6月号

Vogueheart01 Hello Kitty 携帯チャームが1冊にひとつ!
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キティがパリ・コレに登場!世界中のセレブに愛され、ファッションブランドとのコラボも多数、日本のキャラ文化の元祖でもあるキティがヴォーグ誌上でモードに変身!ディオールの最新ランウェイルックをキティが完全試着したり、ディオールショップを訪問したり。パリ・コレクションの舞台裏を訪問すれば、ガリアーノをはじめデザイナーやモデルにも大人気!!ついにはヴォーグ・プロデュースで「ご当地キティ」がパリのコレットに進出を果たし、コレットでしか手に入らない超レアなキティが完成しました。さらに!!ヴォーグ誌上では「ヴォーグheart01ハローキティ」の携帯ストラップチャームが誕生!なんと1冊にひとつ、付いてます。

VOGUE6月号の付録Hello Kitty 携帯チャームをモデルさんにプレゼントしたとき、雑誌にはゴールドと書いてあったという話をして、今頃このゴールドの意味が?になりました。てっきり本物の金だと思っていたけど確信がない(汗)。金色という意味なのか、本当の金なのかよくわかりません。ただの金色の携帯チャームをまさか「ヴォーグ」が特別付録にすると思えないし、全部が金とも思えないし。金メッキなのかなあと思っても現物はもう手元になく確かめられません。ちなみにこの携帯チャームが貼られていた次の頁にはゴールドのチェーンを垂らしたと書かれた黒のニットの値段が352800円とでているので、ゴールドは金のことではないかと管理人は思ったりしています。ただの金色の携帯チャームだったら、美奈さんごめんなさい。

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キリンカップ2008

<日本 0 - 0 パラグアイ>

-バックスタンドの空席に危機感を覚える

とはいえ、昨今の代表離れの原因については、もっと根本的なところにあるのは間違いない。私は、それを「夢の喪失」と呼んでいる。すなわち、日本代表に託す「夢」というものが、極めて見いだしにくくなっている時代背景が、ファン離れを加速させているように思えてならないのである。
ワールドカップ(W杯)初出場、自国開催の2002年、黄金世代の集大成。思えば、過去のW杯3大会に臨む日本代表には、それこそ国民レベルで共有できる「夢」を持ち得ていた。そして、夢破れた06年のドイツ大会以後であっても「代表チームの再構築」と「日本代表の日本化」という新たなプロジェクトに、多くのファンが新たな「夢」を見いだそうとしていた。

その新たな「夢」が昨年の晩秋に突如途絶えたとき、日本サッカー界は「夢」の放棄と現実路線の追求を決断する。そしておそらく、ゴール裏に陣取ったファンであれば、それなりに状況の変化を理解していたことだろう。しかし、バックスタンドで観戦する人々にしてみれば、託すべき「夢」を見いだせない代表の試合を、わざわざ見に来る気分にはならないはずである。当然そこには、とてつもない温度差が生じる。
いささか極論めいたことを言うなら、その国のサッカー人気のバロメーターは、ゴール裏ではなく、むしろバックスタンドにこそ現れているように、私には思えてならない。(sportsnavi.com 文= 宇都宮徹壱 )

川崎の寺田が何の違和感なく日本代表のCBをこなしているのを観て、周平よかったなと思った管理人です。最初の30分まで試合は日本のペースでした。中盤の華麗な?パス回しは、パラグアイを圧倒していました。が、最後のフィニッシュがどうにもまずかった日本。決定力不足というようなものではなく、点を取る気配が全くないFW陣。もしサッカーがパスを回すことのゲームなら日本はそこそこのチームなのだと思います。残念ながらサッカーは点を取り合うスポーツ。Jリーグでも得点王ランキングの上位は外国人選手。CロナウドとかFトーレスとかエトーとかラウールとか、とにかく点が取れる選手がいないチームには夢がないと思います。どうしたら点が取れるFWがでてくるのかなあ。ジュニーニョの帰化待ち?

ワールドカップ予選の日本代表が発表され、川崎からは川島、井川、寺田、中村憲剛が選ばれました。しかもテセも谷口もいません。土曜日のナビスコカップは、久し振りに札幌の勝利が見られるかもしれません。でも、札幌が負けたら相当ショックが大きいなあ。

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真珠色の風景

「中原中也 帝都慕情」 福島泰樹

歌人の福島泰樹さんが、中原中也が住み歩いた東京の町々を歩いて写真を撮り書いたのが本書。高田馬場から始り、府下戸塚町、田端、浅草、中野、高円寺、高井戸を歩きながらそして書いた。福島さんが探し当てた詩人の足跡も、すでに記憶と画像のなかにしかない。

中原中也が東京を歩くといっても、円タクをすぐ使うため東京の地図はわからなかった。中原中也が東京で一番好きな場所は、浅草の吾妻橋のあたりの風景だった。吾妻橋の袂の公園のベンチにすわり、サッポロビール(当時)の工場を眺めながら「ここの夕暮れの眺めが一番ええ」と「東京で一番景色がええのは此処だ」と言ったそうだ。

唯一の友人の小林秀雄と愛人の長谷川泰子に去られた中原中也は、歩行と読書と日記執筆で必死に生きる。大岡昇平は「傲慢な詩人が世の中にどうにもならぬことがあるのを知ったのは、泰子を通じてである。この時救済者として現れるのは神の観念である」と書いている。福島さんが中原の詩に惹かれるのは、求道の詩だからだ。「盲目の秋」は、福島さんがいま最も好きな作品で、声に出して読まなければ駄目だと述べている。

これがどうならうと、あれがどうならうと、

そんなことはどうでもいいのだ。

これがどういふことであらうと、それがどいふことであらうと、

そんなことはなほさらどうだっていいのだ。

人には自恃があればよい!

その余はすべてなるまゝだ……

自恃だ、自恃だ、自恃だ、自恃だ、

ただそれだけが人の行ひを罪としない。

中原中也は長男の文也が亡くなった後、神経衰弱が嵩じ、奇妙な行動をとるようになる。中也は、文也の位牌の前に進み、「頭を下げ、合掌し、位牌を眺め、合掌し、頭を下げ、線香を燃え尽くす前にとりかえ、それをくりかえし、時どき、ハーッと息を吐いた」そうだ。また、1階の廂の上にしゃがみこんで静かに陽に当たっていたそうだ。そして、中也は千葉の中村古峡療養所に入院させられた。

中原中也は多分「家の馬鹿息子」だった。親から妻子を養い、お手伝いを雇うだけの送金をうけ、市電には乗らずタクシーを使い、飲み歩いた。しかし、中也は詩を残すことで充分親孝行をしたのだと思う。福島さんは、中原家の犠牲の上に立って、私たちは、中原中也の詩を愛誦しうるのであると書いている。小林秀雄は「中原中也の思ひ出」で「私は辛かった。詩人を理解するといふ事は、詩ではなく、生まれながらの詩人の肉体を理解するといふ事は、何と辛い想ひだろう」と述べている。

おまえへはもう静かな部屋に帰るがよい。

煥発する都会の夜々の燈火を後に、

おまへはもう、郊外の道を辿るがよい。

そして心の呟きを、ゆつくりと聴くがよい。

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平松美奈さん - 5月

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平松美奈さんを撮影しました。最初、外で撮影する予定でしたが、雨のためスタジオで撮影しました。これまで、平松さんの撮影は全て自然光で、今回初めてライトを使いました。平松さんは、髪の色と髪型を換えて、ちょっと印象が違いました。お母さんにも「美奈ちゃんじゃないみたい」と言われたそうです(汗)。印象が違うので雑誌の撮影のときは、妹の「平松真奈」ですと名前を変えたらと言ったら「えーいやです」と笑っていました。撮影の終わり頃には、「美容院早く行きたいです」と言っていました。この髪型は貴重な画像になるかも。

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森山大道展

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「森山大道展Ⅰ.レトロスペクティヴ1965-2005/Ⅱ.ハワイ」

本展では、今日、世界的にも高い評価を受けている写真界の巨人・森山大道の「足跡」と「今」を2つの展覧会によって展開。「レトロスペクティヴ 1965-2005」では代表作に加え、未発表作を含む約200点を、最新作「ハワイ」では、神秘的な自然と人々の日常をモノクロームで捉えた、独自のハワイを一堂に公開。写真集『ハワイ』で未発表の作品も含め約70点を大型プリントでご紹介します。写真の根源を突き詰める森山の作品群を、思う存分にお楽しみいただける展覧会です。(東京都写真美術館WEBより)

東京都写真美術館の森山大道展へ行ってきました。10時半に行ったのに会場はすでに結構なひとがいました。森山さんが人気があるのか、JPSの催し物があったためなのかよくわかりません。管理人の前に並んでいた、シルバー割引の2人組はJPS展だけの券を買っていました。管理人はJPS展を見てもしようがないので森山大道展だけにしました。

レトロスペクティヴ1965-2005のほうは、いままでの有名な写真がずらっと並んでいます。未発表のものも含まれているそうなのですが、すぐに分かりませんでした。こうしてみると自分の写真は森山大道の真似ばかりだなあと思いました。最近は、カラーでブレ・ピンぼけにならないよう撮影しています。新宿・歌舞伎町周辺も撮影していません。森山さんが撮らないだろうと思われる、渋谷・表参道を撮影しています(汗)。中平さんが最悪といっているモデルさんの撮影もしています(汗)。とにかく「PROVOKE」から遠く離れるようにしていますが、「写真は、結局、複写だよ」という森山さんの言葉からはいまだに逃れられません。

「ハワイ」のほうは大きな展示場で、大きなプリントでとても良かったです。タカイシイでの写真展は、会場がちょっと狭い感じがしたので。この大きなプリントも35mmコンパクトカメラで撮影しているので驚きです。帰りに「森山大道論」を買って帰ってきました。

東京で唯一の写真美術館である当館におけるぼくの初の個展が、観に来てくださる人々の目にどのように映るものか。もし一点でも、人々の心インスピレーションをもたらし、写真という無音の世界からのメッセージが伝わるとするならば幸いである。
それにしてもぼくは、現在でも路上をほっつき歩いて、相も変わらず、人を写し物を写し、犬を写し花にレンズを向けている。<スタート>カメラでスタートした中学生のころと、何ひとつオレは変わっていないなあと思い、つくづく感心し可笑しくもある。
(「森山大道論」あとがきより)

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今季終了

<欧州CL決勝> 
マンチェスターU 1-1 チェルシー
(PK6-5)
凄い試合でした。CロナウドがPKを外して最後までいったときはチェルシーが勝つと思ったのですが、まさかテリーが外すとは思いませんでした。CLの試合はあまり見ていないのですが、ACLと比べるとレベルが違いすぎ。今季はプレミアリーグが一番面白いと感じました。ヨーロッパのサッカーも9月まで暫くお休みです。

<札幌、ブラジル人のFWアンデルソン練習生に>
またFWを連れてきたようです。30歳、187センチ、80キロの大型FWらしいです。電柱好きの三浦監督の要望なんでしょうか。今頃連れてくるなら、最初からDFばかり補強しないでFWも補強すればよかったのになあ・・・(´-ω-`)

<川崎薗田淳選手、U-19日本代表 サウジアラビア遠征メンバーに選出>
まだJリーグの試合は出ていなかったと思いますが、薗田淳選手が代表に。しかしこれだけ後ろのほうの選手が代表に選ばれると、ナビスコ杯はどうするんでしょうか。原田も怪我をしたのでボランチとDFが足りない?川崎は中断期間中、北海道で合宿です。新外国人を連れてくるのでしょうか。

<リーガ・エスパニョーラの監督異動>
続投も監督交代も決まっていないチームが下の5チーム。給料未払い問題があるためレバンテは監督問題までいっていないそうです。サラゴサは別の意味でチーム編成が大変です。

エスパニョール:バルベルデ監督(退団濃厚)
ベティス:チャパロ監督(契約交渉が難航)
オサスナ:ジガンダ監督(会長以外のフロントは監督交代を希望)
サラゴサ(2部降格):ビジャノバ監督(2部降格のためチーム再編の必要)
レバンテ(2部降格):ホセ・アンヘル監督(給料未払い問題解決が優先)

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小町放浪記

「なぜかいい町 一泊旅行」 池内紀

やっと熱が下がったがまだ調子があまりよくない。体調不良のときは、重たい本(内容と物理的重さの両方)を読む気にならないので、軽めのエッセイを読むことにしている。そういうときは池内紀さんの旅行記がぴったりだ。今回の本は日本の16の小さな町を北海道から九州まで旅をした記録。本の帯にはひとり旅の名手が訪ねた16の町の記憶と書いてある。

16の町のうち僕が行ったことがあるのは、上川町、岩内町、津和野町だけ。上川町は、札幌から日帰りで旭岳から黒岳を縦走した時に寄った。層雲峡あたりに泊まるのが普通だと思う。岩内は車で原子力発電所や資料館を見て回った。やはり泊まらなかった。津和野には森鴎外のお墓を見に行った。鴎外は11歳の時に故郷を離れてから一度も津和野に戻らなかったそうだ。

平成の大合併で、地方の小さな町々は大きな変化に見舞われている。由緒ある名前が消えていっている。池内さんは、へんてこな名前はともかく、成り立ちや性格がまるきり違う市町村が、単にとなりあっているからという理由で一つになる、必要性と必然性がまるでわからないと書いている。そして何よりも痛々しいのは、公民館や地域センターがこれまでの努力にもかかわらず閉鎖されるところが多いことだ。

行政の現場にいる人々は、肌身で感じて知っているはずだ。風土とともにつちかわれてきた習わしや文化は、法令一つでくっついたりしない。行政単位の小さいほうが、きめこまかな手が打てる。財政的にも工夫が生かせるし、節約できる。誰もが自分の財布の経験から承知しているのではあるまいか。とびこんできたボーナスは、ムダ使いするのが関の山なのだ・・・・小さな町も変革の波が押し寄せている。ただ行き過ぎていくだけの人間の正義派ぶった意見や予測は、たとえ正論であろうとも、いささかはしたない。ここでは、その地の暮らしと人々のあり方、受けた印象と記憶を優先した。

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熱がでた日は

扁桃腺が腫れて熱がでて絶不調の管理人です。高校生のころは、平気で40度以上熱がでたけど最近では38度どまりです。歳をとるとエネルギーの発散が減るのか?具合が悪いときは本が読めないのでカメラ雑誌を眺めています。

今月号は、「月刊カメラマン:”人物写真で上級テクをものにする!!”」、「フォトテクニック:”ローケーション別ポートレート撮影攻略法”」とポートレートの特集です。「フォトテクニック」の矢島舞美さんはよいです。管理人は「フォトテクニック」の巻頭グラビアが結構気に入ってます。それで「フォトテクニック」を毎月買っています。ポートレートの記事は魚住さんが多いです。一時期サンダー平山さんが多かったのですが最近見かけません。管理人が読んでいない雑誌で活躍されているのかもしれませんが。

U23トゥーロン国際大会で日本がオランダ(2軍)に勝ったようです。映像を見ていないので内容はわかりません。谷口がトップ下で先発したようです。U23では、谷口と本田圭の2トップが一番得点できそうな気がします。このふたりは前で使ったほうが活きてくるように思います。

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リーガ・エスパニョーラ最終節

<Rマドリード  5-2  レバンテ>
<マジョルカ    3-2  サラゴサ>

レアルとレバンテの2チームは第2節からずっと首位と最下位で順位が変わらなかったそうです。レバンテは昨季からの給料未払い問題で最終節にストライキを行うという話だったのですけど、バレンシア市役所が融資を行うことでストライキを回避したそうです。スペインでもお金のないチームは大変です。試合は、レアルが試合後の祝勝会に向けてのリハーサルのような感じで得点を重ねて勝利。レバンテが得点したらレアルのサポーターも拍手していたけど、レバンテの選手は今季よくやったと思います。普通、給料未払いじゃやる気がでないようなあ。

マジョルカとサラゴサ、レクレアティボとバリャドリード、ラシンとオサスナの3試合は同時開始でサラゴサ戦が雨のため開始が1時間遅れた為、他会場も1時間試合開始を遅らせたそうです。管理人はサラゴサ戦を見ました。サラゴササポーターが試合中も腕組みをして黙って観戦している様子がテレビで映し出されていました。3点目を取られたとき、女性サポーターは泣き出していました。今回の中継は、サポーターを映す回数が多かった。今季、CL入りを目指していたサラゴサは勝ち点1差で降格決定。サラゴサの主力選手は殆ど他のチームへいくようです。

土曜日に等々力競技場でJ1の試合を見たような気がしますが、記憶が無くなっており記事にできません・・・( ´Д`)。

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復性復初

「丸山眞男との対話」 石田雄

本書は、著者と丸山眞男との「想像上の対話」で、実際の対話があるわけではない。本書には筑摩書房「近代日本思想史講座」第2巻『正統と異端』がなぜ未完となったかの論文がある。30数年間、著者と丸山眞男がこの『正統と異端』を発刊するため研究会を続けて結局刊行されずに終わった。竹内好が「丸山は筑摩を国営出版社とまちがえているんじゃないか」といったことがあるそうだ。いちど途中のかたちでも出版したらどうかと編集者が提案したのにたいして、「完全主義者」丸山眞男が許可しなかった。僕はこの論文を読んでもなぜ刊行できなかったかの理由が分からなかった。それは丸山眞男のわかりにくさなのかもしれないが。

丸山眞男の死後、色々な批評がでたが、「本店」の日本政治思想史よりも、「夜店」の60年安保前後の現実政治に関する論文に対する批評が多かった。また、晩年の「古層」論に対する批判もあったが、「古層」論のまとまった著作が刊行されなかったため尻切れトンボのようになった感じがする。著者も丸山眞男の日本政治思想史研究を「未完のプロジェクト」と書いており、「古層」論には無理があるとも書いている。実際、丸山眞男の著作は、個別に書いた論文を集めたもので、健康上の理由もあってかアーレントの「全体主義の起源」のような日本政治思想史の体系的な著作は無い。また、丸山眞男は現実の政治に関しても60年代半ばから発言することはなくなった。だからといって丸山眞男の著作を読む必要がないということにはならないと思う。

丸山眞男は、広島で被爆したことを生前殆ど発言せず、また「原爆手帳」を貰わなかったそうだ。丸山眞男は8月9日広島市内に入り、その惨状を実際に見ており、写真もあるそうだ。丸山眞男が「原爆手帳」を貰わず、原水爆禁止運動にも積極的にコミットしなかったのは、「日本的なもの」にたいする拒否反応だったようだ。「理念としての民主主義は永久革命」と言っていた丸山眞男は、日本には市民社会が無いという認識があるのか、論文でも「市民社会」という言葉を使わなかった。60年代半ばから現実の政治にたいする発言が無くなったことにも、日本の「市民社会」「大衆社会」「マスコミ」に対する諦念が僕には感じられるが実際にどうだったかは分からない。

僕が最初に丸山眞男の著作を読んだのは「現代政治の思想と行動」だった。大学の生協に、法学部の教科書として平積みされていて、面白そうだったので買って読んだ。その後も刊行されている著作を読み続けた。「丸山眞男集」を読んでも何か物足りなさが残るのは、体系的な著作が無いためのように思う。それは丸山眞男に限ったことではなく、日本の人文科学者・社会科学者に共通することのように思われる。

最後に、丸山眞男の今日的意味として石田さんが述べているとこから引用する。

すなわちその方法は、一方では原理論の公式的適用による教条主義に陥ることなく、つねに流動する現実に対応する弾力性を保ちながら、他方では現実に埋没して現実主義の名による現実追随に陥ることなく、動かない理念にむけた志向性を持ちつづけるという、内面的緊張をはらんだ体系的思考の方法である。
この思考方法は、丸山が西欧と非西欧の知的遺産を血肉化し、日本の現実ときびしく対決する中で築きあげてきたものである。この知的遺産の血肉化の蓄積の上になされた業績には名人芸というべき面があり、これは他人が容易に真似できるものではない。しかし、このような思考方法を身につけることは、つねに要請されるだけではなく、今後いっそう重要さをましていくと思われる。

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鳩飼春奈さん

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鳩飼春奈さんを撮影しました。外での撮影は2回目ということでした。大桟橋はイベントがあるのか小さいお子さんが多かったです。赤レンガ近くで撮影していたら、後ろからなにやら声を掛けられたのですがこんなことは初めてでしたcoldsweats01

鳩飼さんに「雰囲気があるよねえ」と言ったら、「どういう意味ですか」と聞かれて、「大人になったらわかるよ」と意味不明の答えをしてしまった管理人です。いい意味ですからあまり気にしないでくださいcoldsweats01

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三浦鈴さん - 六本木

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三浦鈴さんを六本木で撮影しました。駅で知らないひとが近づいてきたので誰かと思ったら三浦さんでした。学校の近くということでちょっと変装してきたそうです。休憩でスタバに入ったら、店員さんが三浦さんのお友達でした。六本木のあと恵比寿へ行きましたが暑かった。三浦さんはいつものように元気でした。次週の撮影会は、抽選に外れたみたいなので参加するのを止めようかなあ。

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木村佳那子さん - 5

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木村佳那子さんを撮影しました。撮影というか木村佳那子独演会という感じでしたcoldsweats01

前日、六本木で遊んでいて「今日の撮影があったので早く帰ってきたんですよ。でも終電は逃しましたけど」と木村さんは笑って話していましたcoldsweats01

美容の研修で、大阪と浜松へ行ったそうで、手に職をつけて働くのかと思ったらヘアモデルだったそうですcoldsweats01

今回は初おへそ出しです。管理人がお願いしたわけではないのですが。スタジオはネタ切れでと言うと、「次は服装考えてきますね、フフフ」と意味ありげなお言葉。ブログに載せられる程度でお願いしますlovely

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ロンサム・カウボーイ

<村上隆氏のフィギュア、約16億円で落札>

現代美術家の村上隆さんの立体作品「マイ・ロンサム・カウボーイ」が14日夜(日本時間15日)、競売会社サザビーズがニューヨークで開いたオークションで1516万ドル(約16億円、手数料込み)で落札された。村上さんの作品の落札額としては、過去最高額となる。これまでは、今年4月にロンドンで落札された立体作品「パンダ」の272万ドルが、最高額だった。(朝日新聞webより)

2001年東京現代美術館で村上隆展を見たとき、「マイ・ロンサム・カウボーイ」が有ったような気がする。どちらかというとセーラームーンのようなフィギャのほうが記憶にある。そのとき、小さなフィギャが1万円くらいで売っていたが買わなかったのは残念。いまは相当高い値段で取引されているらしい。

「召喚するかドアを開けるか回復するか全滅するか」という題された展示を見た感想は「なんじゃこれ」だった。アートというにはアニメチックだしオタクフィギャかといえばそうでもないし面食らいました。村上隆というアーティストを知らなかったのでなおさらだった。

現代アートは売れてなんぼのもんと公言している村上さんなので16億円という金額はありえないことではないと思った。ニューヨークには、ちょっとやそっとで使い切れないくらいお金を持っているひとがうようよいるらしく、そういう人たちが作品を買うとなるとそのアーティストは一流となるらしい。ゴッホなんか天国(自殺したので地獄か?)で歯ぎしりしているかも。

ゴッホの弟への手紙を読むと殆ど借金の申し込みと絵の具を送ってくれと書いてある。借金といっても返すあてがないものだった。現代アーティストでは考えられないこと。いまのアーティストはお金持ちが多い。それがいいことかどうかは100年くらい後にならないと分からないと思う。

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日本代表

国際親善試合のキリンカップの日本代表とトゥーロン国際大会出場するU - 23日本代表が発表されました。いつものメンバーかと思ったら、なんとファン感ネタ要員井川が選ばれていた。いやあ井川が日本代表になるとは予想していませんでした。井川はフロンターレのオフィシャルウェブで「自分の性格を一言で言うと」という質問に「アホ(笑)」と答えています。FW は巻がいて、絶不調の高原もいるという相変わらずの選出でした。U - 23日本代表に谷口が選出されています。反町監督今更呼ぶなよなあ。本田拓がレギュラーの清水が低迷しているのを見て不安になったのでしょうか(毒)。

まあとにかく川崎の代表のみなさん頑張ってください。当然?ながら札幌から代表は選出されていませんcoldsweats01

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アニマの助かりのために

「言葉果つるところ」 石牟礼道子・鶴見和子

水俣のヘドロの海を森となし石仏を置く次の代の夢

本書は水俣病患者を描いた「苦界浄土」等の著者の石牟礼道子さんと鶴見和子さんの対談の記録。「アニミズム」を主題として、歌や俳句、水俣や天草の風土、石牟礼さんの小説「アニマの鳥」について話をしている。弟の対談の名手鶴見俊輔さんに負けず鶴見和子さんの対話は面白い。対談者は和子さんのことを少女のようということが多い。この本でも、大学の授業で「水俣」を「みずまた」と読んで学生から笑われたとあっけらかんと話すところにその片鱗が見える。

「アニマの鳥」は、石牟礼さんが水俣病自主交渉の座りこみのとき連想された「天草の乱」での隠れ切支丹の闘いをアニマへの祈りをこめた長編小説である。チッソ本社での水俣病自主交渉で、チッソの幹部に私たちも水銀を飲みますから貴方たちも水銀を飲んで一緒に死にましょうといったことや、水俣市の発展のために水俣市民5万人の命と126人の水俣病患者の命とどちらが大事かと言われたということを読むと水俣病問題の凄まじさが窺われる。地球的規模の環境問題については、いま水俣なんて小さいことは考えないで地球の問題を考えましょうという風潮があり、それが恐ろしいと和子さんは話している。そして石牟礼さんは、あれはじつに口当たりのよい言葉ですねと語っている。

人間と自然のすべての生き物、生きてるものも生きてないものも含めて、自然は生きてる。おおいなる生命体だと思う。石だって生命体の一部ですから。だからこのおおいなる生命体をその一部である人間が壊すということが始まりなのね。人間がそれを始めることによって、人間とその他の生き物、その他の事物といっしょに、ともに支えあって生きていた、その姿を壊した。それが始まりだから、どうやってそれをもう一度、人間とその他のあらゆるものとがいっしょに、ともに生きていける姿にできるか。できるかできないかわからない。

アニマの助かりのためには、切支丹がキリスト教の教理を仏典の言葉に翻訳して教理を教えたなかで、魂の救済のためにこの教えにおすがりしなさい、生きている今生の苦しみは後世の、後生へ行くための捧げ物であるからということである。「アニミズム」をどうとらえるかということについて石牟礼さんは次ぎように述べている。

山も川も海も精霊たちの宿る聖なるところであって、得体のしれぬ化学物質でこれ以上毒まみれにしてはならない。ここを無神経に汚しては、自ら生命の母層を殺すことになる。あらゆる文明論の前に、それをいうべきではないだろうか。エコライフをと軽く言ってもよかろうが、山川草木、鳥獣魚類という生命現象と伝統的な文化というものについて、わたしたちはもっと謹しみぶかく、恭くありたい。まだ人にも知られぬうちに絶滅しつつある種が、限りなくあるときく。痛切な念いをこめてお話しあった。それがわたしのアニミズムである。

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クラシコ他

<レアル・マドリード 4 - 1 バルセロナ>

GW中に録画しておいたはずのクラシコですが、なぜか録画できていないくて再放送で見ました。結果がわかっていたし、優勝も決まっていたのでいつものような緊張感がありませんでした。好調ラウルが先制点を決め、ロッペンがまたヘディングシュートを決め、イグアインが交代早々に得点して、3対0になったとき試合は決まってしまいました。ファン・ニステローイがPKを決めるというおまけもありました。これほど出来の悪いバルセロナは見たことがないです。以前のクラシコで、レアルサポーターが得点をしたロナウジーニョに拍手したときとはえらい違いでした。雨に濡れて、悲しそうな顔のライカールト監督が印象的でした。

プレミアもリーガも優勝が決まり、Jリーグも5月下旬から中断に入ってしまうので当分サッカーネタは少なくなってしまいます。と思ったら「千葉が今夏FWオーウェン獲得か」というニュースが。千葉は主力5人分の移籍金があるのであり得ないことではないですが、オーウェンが本当に来たら、札幌がやばいです。オーウェン以外もなんか補強しそうな千葉に対して、札幌の補強はどうなるのでしょうか。川崎も外国人枠が残っているのでブラジルから選手を探してくると思われます。札幌にはなんとか残留して欲しいです。

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リーガ・エスパニョーラ第37節

<サラゴサ 2 - 2 レアル・マドリード>

降格争いをしているサラゴサがホームにレアルを向かえての試合。サラゴサのほうがチャンスがあるのですがとにかく決められません。GKと1対1になっても外すという降格争うチームにありがちな試合運び。サラゴササポーターが一生懸命応援して、試合が終わった後涙を流していた姿にはぐっときました。川崎でも札幌でも降格した試合を見た管理人は少しはその気持ちがわかるような気がします。サラゴサは自力での1部残留は無くなってしまったのですが頑張ってほしいです。レアルはまあまあ戦力を落として手抜きの感じでしたが、情け容赦なく2点を取るのはさすが?です。レアルのサポーターは降格の危機とかは味わったことがないだろうなあ・・・(´・ω・`)

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プレミアリーグ最終節

<ウィガン 0 - 2 マンチェスターU>

マンチェスターUがとうとうプレミア優勝。最初、動きが固かったマンUでしたがPKをCロナウドが決めリード。途中、ウィガンのペースでしたがルーニーの絶妙なスルーパスからギグスが冷静にシュートを決め2点目をいれ試合を決めました。チェルシーは結局引き分けたため勝ち点も上回っての優勝。喜んでいる選手やサポーターを見ていると応援しているチームが優勝するのはいいもんだなあと思います。

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WALL PAPER 撮影会 - 5月11日

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WALL PAPER 撮影会へ行ってきました。最初は綾乃さんです。横浜で撮影したとき、じゃがポックルをお土産に買ってくる約束をしましたが、売っていませんでした・・・_| ̄|○
かわりに北海道限定じゃがりこを買ってきました。じゃがポックルは影も形もございません。去年のGWには大量に買ってこれたのになあ。

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次は綿引さやかさんです。平松さん、綾乃さんの同級生でミュージカルをやっているそうです。9時間くらいレッスンしているそうで、家に帰ってくるとバタンキューらしいです。9時間もダンスや歌の練習というのは凄いです。卒演でミュージカルを行うので見に来てくださいと綾乃さん、綿引さんに言われましたが、来年の1月の予定はまだわかりませんcoldsweats01

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禅教・顕密・聖道浄土

「鎌倉仏教展開論」 末木文美士

末木文美士さんの「鎌倉仏教形成論」に続く、鎌倉期の仏教思想展開に力点を置いた論文集が本書である。前著で言及できなかった鎌倉後期の問題を説き及ぶことで、鎌倉期の仏教思想の流れを展望できるようになったと著者は述べている。本書は3部に分かれており、1部では全体的な問題、2部で13世紀中期の問題、3部で13世紀後半から南北朝期における問題をそれぞれ論じている。1部は、常識となっている鎌倉仏教観が近代以後の仮構であることを示し、2部は本覚思想の問題並びに法然と栄西について検討し、3部は日蓮の真偽未決遺文、夢窓疎石、「愚管抄」、「神皇正統記」並びに慈遍を取上げている。

この本に収められている論文は、仏教・仏教思想の専門家向けに書かれているもので、一般向けの解説書ではないため、僕のような専門外の人間にとって、細かい議論についてはよくわからない(例えば日蓮の真偽未決遺文についての論考)。それでも、日蓮や夢窓疎石の当時の権力との関わりの対照的なところや栄西の禅宗への取り組みなどが興味をひいた。「興禅護国論」の偽撰説に関するところで、栄西が50歳前後から禅宗を学んだため、禅の習得が完全でなく、その理解におかしなところが有っても責められないとあり、先駆者の苦労が窺われる。

結章で、鎌倉新仏教中心史観が批判されるようになり、新資料が発見されると同時に、神仏習合・密教・諸宗兼学などが再評価されており、中世宗教の研究動向は大きく動き、中世の豊かな精神世界が明らかになりつつあると著者は述べている。

鎌倉新仏教中心史観は、単に客観的な歴史研究の理論としてできたものではなく、明治以後の近代化の中で、どのような日本の仏教を再構築するかという課題に対応する、きわめて実践的な意義を有するものであったということである。そこで、新仏教の合理的な面がクローズアップされるものとなるそれ故、その崩壊はそのまま近代化の行き詰まりと、次の段階への模索と対応するものとなる。もちろん、合理的な近代主義が行き詰まったからといって、そのアンチテーゼとして前近代の非合理主義を持ち出すだけでは、単に懐古的な反動にしかならないであろう。中世的な発想の特徴をあきらかにしていくことは、単にそれだけを孤立的に取り出して賛美することではなく、それを思想史の流れの中にもう一度戻して、思想史全体の捉え直しに向かうことがなければならない。

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監督解任

・千葉新監督にリバプールヘッドコーチ内定

<アレックス・ミラー>
1949年7月4日、スコットランド生まれ。58歳。現役時代は右サイドバックとして主にレンジャーズでプレー。83年から指導者となり、スコットランドのセント・ミレン、ハイバーニアン、アバディーンで監督を務め、91年にはハイバーニアンをリーグ杯優勝に導いた。99年からリバプールのスカウト部長に就任し、04年からトップチームコーチ。スコットランド代表のアシスタントコーチを務めた経験もある。(スポーツ報知より)

とうとう千葉はクゼ監督を解任しました。主力の5人が移籍してしまい、けが人も多く戦力が揃わず苦戦していました。札幌より戦力はあると思いますが、監督が代わり、選手も大幅に変わるとチーム作りが難しいと思いました。リバプールヘッドコーチとは凄いなあ。プレミアの基準では、Jリーグ審判の判定に激怒する可能性が大。リバプールの控えから選手を連れてこられると困るなあ。

・グアルディオラがバルセロナの新監督に

ライカールトの後任として、ジョゼップ・グアルディオラがバルセロナの新監督となる。レアル・マドリーに1-4の惨敗を喫した翌日に、バルサのラポルタ会長が発表を行った。監督が交代するのは今シーズンの終了後。グアルディオラは、2シーズン連続の不振にあえいでいるチームを立て直すという困難な任務を負うことになる。
数カ月前から、バルセロナの新監督候補としてはモリーニョやアンチェロッティ、マンチーニといった大物もうわさに挙がっていたが、結局選ばれたのは現在バルサBの監督を務める元キャプテンだった。「彼が監督なら、これまでの成功へとつながったやり方を続けていくことが約束できる」とラポルタは語った。(スポーツナビより)

ライカールトが1年契約を残して、解任されました。リーガもCLもタイトルを取れなかったし、後半戦はチームがばらばらになって内容が悪かった。クラシコでも大敗(管理人はまだ見ていません)。Bチーム監督グアルディオラが昇格するかたちになりました。どういう選手を補強するのかいまから興味津々です。大物選手ばかりで結果を必ず求められるビッククラブの監督はたいへん厳しそうです。

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小樽

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ゴールデンウィーク、久しぶりに小樽へ行ってきました。暖かったけど風が強かった。ずいぶん前から小樽の写真を撮っていますが、以前に比べると街並みや運河沿いはきれいになっています。といってもそうゆうところの写真はあまり撮りませんが。北一硝子が混んでいたので、初めて大正硝子館へ入ってお土産を買って帰ってきました。ゴールデンウィークに札幌ドームで野球を見ようと思ったのですが、日ハム戦の日程と合わず観戦できませんでした。管理人はまだ札幌ドームで野球を観戦したことがありません。

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肉弾で歌ふ

「中原中也 悲しみからはじまる」 佐々木幹郎

札幌のヨドバシカメラへいった帰り、何気なく隣の紀伊国屋書店へ入ったらこの本と「中原中也帝都慕情」が目について買ってしまった。「理想の教室」シリーズのひとつで、高校生が読んでわかりやすく、3回の授業で入門から深い世界へと帯に書いてあった。

佐々木幹郎さんは、「中原中也全集」の編集を行っており、この本にも生原稿の写真が掲載されている。佐々木さんは推敲の課程や詩の成立時期の考察を、考古学者の遺跡発掘に準えている。原稿用紙の種類、筆記用具の使い方(万年筆、毛筆、鉛筆など)などで詩の成立時期を推測するのは推理小説の謎解きのようだ。

中原中也は上田敏や鈴木信太郎の訳詩を書き写すことで詩を学んでいった。それについて、佐々木さんは手を使って書き写すことにより、詩のリズムや句読点の置き方などが身体に入ってくることがあったと推測している。

詩の世界は言葉というものの面白さをどのように引き出すかが、いつも問われます。詩は特に言葉のイメージとリズムを大事にします。そのことに近づくために、本を読むだけではなく、手で書き写すことが大事だったという、かつての時代の素朴な原則をまず確認しておきましょう。このことはいまでも重要です。

「悲しみ」はひとがひとりであるときに襲ってくる。それがふたりでいるとき、あるいは大勢のひとといるときに「悲しみ」を感じるとき、そのなかでひとりになっている。日本人の「悲しみ」の特徴は織り目のように水平に広がっていると佐々木さんは述べている。一枚の布の尖端がほころびはじめ、その織り目の細い一本の繊維が風に揺らぐような場所から言葉が生み出されている。中原中也の「汚れつちまつた悲しみに・・・」では、無垢な悲しみなどなく、もっと普遍的なものへ向かっていることがわかる。中原中也の詩に「無垢」や「純粋」を見つけようとするのは間違いだと佐々木さんは述べている。

中原中也の子の文也は、小児結核のため2歳で亡くなる。中原の日記帖には、何重にも線を引いた落書きがある(この日記の写真もこの本にある)。文也の落書きだそうだ。自分の日記に落書きをされても、怒らずに寧ろ目を細めて喜んでいたに違いない中原中也の顔が思い浮かぶと佐々木さんは書いている。その後、中原中也の精神は極度に不安定になる。

中原中也にとっての子どもとは、中原中也自身のことでもありました。この世が彼を置いて、ただいっさんに走りすぎるものならば、どんなに幸福だったことでしょう。
そしてその光景を、文也の残した何のためらいも不安もない落書きの線のように、傍若無人に描くことができれば、どんなに素敵だったことか。
それこそが中原が求めて、ついにたどりつけなかった「言葉なき歌」であり、また「在りし日の歌」でもあったようにわたしは思います。

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札幌 1 - 3 東京V

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札幌 1 -  3 東京V 札幌ドーム 16508人
   4  シュート 25
[得点者]
札幌 :クライトン55分
東京V:レアンドロ5分、ディエゴ21分、フッキ33分

行ってきました札幌ドーム。あまりに酷い試合で疲れただけでした。とにかく前半は、ヴェルディのやりたい放題でした。札幌はフラット4というかボランチもSBも全く上がらないので攻撃の形ができません。ダヴィが孤立していました。デビ純をボランチ、ヨンデをSB、クライトンをFWという布陣は上手く機能しないというのはいったいいつになったら監督は気づくのでしょうか。不可解な選手起用です。ヴェルディは前線のブラジルトリオが好きなようにボールをまわし、札幌のDFは全く対応できなかった。これほど酷い守備はあまり見たことがないです。とくに3点目は、ヴェルディが中盤でパスを回して、レアンドロ->福西->レアンドロ->フッキとパスが通ってDFの裏を抜けたフッキが決めたもので見事でした。その間、札幌は1度もボールに触ることさえできませんでした。今日は、フッキが遠慮していたのか(毒)、決定的な場面で何度も外してくれたので3失点で済みましたが、普通に決めていたら6~7点取られていました。後半、札幌が良くなったように見えたのは、ヴェルディが省エネモードに入ったからだと思います。土曜日にも試合があるので当然だと思います。今の札幌では、J2でも上位にいけないだろうなあ。

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試合前のゴール裏です。

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試合後、挨拶に来た選手たち。怒る気もおきませんでした。

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試合後のゴール裏です。旗は下を向いたままでした。

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庭の花

札幌は例年より花が早く咲いているようで、いま八重桜が満開になっています。実家の庭も花がいっせいに咲いています。黄色いカタクリが咲いているのを見たのは初めて(のような気がする)。GWのときにはいつも咲いていなかったような気がしますが。もともと草花にはあまり興味がないので見過ごしていたのかも。

写真は、チューリップ、黒船ツツジ、水仙、黄花カタクリです。

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裏通りの人びと

「モーツァルトの息子」 池内紀

この本の中で紹介されているひとたちで知っていたのは、カフカの恋人だったフェリーツェだけ。あとの人は初めて知った。歴史の表舞台で活躍したとはいえない「史実に埋もれた愛すべき人たち」30人の文学的ポートレート。「姿の消し方」を改題して文庫化したのが本書。

デュッセルドルフの殺人鬼キュルテンは声が聞こえたそうだ。一方は現実の声、一方は夢の声。「そんなふうに私は半身ずつ別だった」。人間における悪については「単に悪への喜びから犯罪を犯すものはいない。つねに何かがこれに加わる。その何かは当人の咎ではない」。キュルテンは刑の執行まで好きな冒険小説を読んでいたそうだ。死刑について、彼は「しょせん死刑によって何か達せられるわけでもない。流された血が、犯罪者の血でもってつぐなわれるものかどうか疑わしい。大衆が求めるところの報復を行うだけではないのか」と言った。処刑の数日前、キュルテンは看守と談笑中にこう言ったそうだ。「首を落とされると困ることが一つだけある。首なしでは本が読めない」。

カフカはフェリーツェと5年の間に、2度婚約をし、2度とも破棄する。カフカ全集には「フェリーツェの手紙」の巻があり、もっとも厚い。原稿用紙に換算して3000枚をこえるそうだ。邦訳のカフカ全集を持っているが「フェリーツェの手紙」は全部読んでいない。500通あまりの手紙に対する返信は相当数あったと思われるが、カフカはフェリーツェからの手紙を一切残していない。フェリーツェは、カフカと別れたあとナチス・ドイツ時代にアメリカへ渡った。第二次大戦後、世界的なカフカブームがおこったとき、ある出版社が書簡の購入を申し出た。膨大な手紙の束をカフカの死後、30年あまり彼女は保管し続けており、ドイツからアメリカへも持ち込んでいた。出版社が手紙の束を運ぶとき、フェリーツェはこれが3度目のお別れといって、涙を流したそうだ。

この本を読むと、池内さんは、どうやってこれらの人びとを見つけ出したのかと感心してしまう。あとがきに書いてあったが、裏通りを歩くうちに勘というもができていいものが見つけらるようになったそうだ。ひとつひとつは長くはないが、そのひとの生き方がわかる文章だった。

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J1 第10節

<京都 1 - 0 札幌> 
西京極 12467人 
[得点者]
京都:アタリバ20分

<川崎 3 - 2 鹿島> 
等々力  20280人
[得点者]
川崎:谷口25分、鄭大世56分、中村57分
鹿島:マルキーニョス13分、青木33分

試合はダイジェストしか見ていないのでなんともいえませんが、札幌は3連敗で川崎が3連勝。予想していましたが、札幌は浮上するきっかけが今のところ見つかりません。デビ純を使い続けるのは理解に苦しみますが。

川崎は2006年のときのようになってきています。谷口と憲剛のアベック得点は久しぶり。変な話、DFは多少目をつぶって2点とられたら3点とるようなサッカーが川崎らしいです。高畠監督の一喝以来、ほんと変わりました。

羽田空港で、横浜FMと東京Vとのクラシコ前半を見ていました。フッキがシュートを決めたのを見てしまい嫌な予感。6日は札幌ドームで東京V戦を見る予定なのでフッキには思いっきりブーイングしようかと思っています。あの髪の毛色何とかしろーgawk

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True End

「不可能性の時代」 大澤真幸

この本の序に「リアリティ・ソープ」という男女の実際の生活を「ドラマ」として放送する番組が紹介されている。また、フランスで放送された「ロフト・ストリー」という番組は、11人の男女をロフトに住まわせ、24時間の行動をだた撮影したもので、この番組の視聴率がサッカーのCLの中継を上回ったそうだ。さらに驚くことは、この番組の出演者を公募したところ、3800人の応募者があったそうだ。他人に見られること、監視されることを忌避しないというよりむしろ監視されることを望んでいるかのようだ。僕の通勤路の途中にあるアパートで、カーテンがなく外から中が見えている部屋があり、そこに若い女性が住んでいるのがわかってびっくりしたことがあった。カーテンを買うお金がないか(あまり考えられないが)あるいは節約しているということなのか事情はわからなかった。電車の中で化粧をするひとも、素顔から化粧した顔に変わることを他人に見られることが平気ということなのだろうか。大澤さんは次のように述べている。

われわれは、監視されていることを恐れ、そのことに不安を覚えているのではなく、逆に他者-われわれを常時監視しうる「超越的」とも言うべき他者に-まなざされていることを密かに欲望しており、むしろ、そのような他者のまなざしがどこにもないかもしれないということにこそ不安を覚えているのではないだろうか。私生活をただ映すだけのサイトや、「ブログ」のような私的な日記を公開するサイトが流行る理由もこうした欲望や不安を前提にしないと説明できない。あるいは、若者が、ケータイへの着信やメールを待ち焦がれるのは、自らが誰かのまなざしと配慮の下にあることを確認し、安心するためであろう。

自由を触発し、強制することにより、かえって自由は萎えてしまう。

本書では敗戦後の時代を、戦後の理想の時代、70年代以降の虚構の時代、95年を境とした不可能性の時代と区分している。オウム真理教の地下鉄サリン事件を虚構の時代の終わりとしている。理想の時代に取り上げられているのは「マイホーム(家族)」「テレビ」であり、虚構の時代では「酒鬼薔薇聖斗」「オタク」「ディズニーランド」「村上春樹」「オウム真理教」を取上げている。「酒鬼薔薇聖斗」の事件は1997年に起きている。

不可能性の時代は、インターネットと携帯電話の爆発的な普及と重なる。現代社会は、現実への逃避と極端な虚構化へと引き裂かれている。現実を秩序づける準拠点となっているのは、認識と実践から逃れてゆく「不可能なもの」である。それは直接には見えていない「不可能性」である。理想->虚構->不可能性という順で、基準的な反現実の反現実性の度合いは高まっている。また、現代社会には極限の直接性を志向するコミュニケーションへの強い欲望が、広く浸透しているのではないか。コミュニケーションの直接性の感覚は、携帯電話の場合に一層強くなる。調査によると「携帯電話の電波の入らないところにいると不安になる」者ほど、あるいは「着信がないか何度も確認してしまう」者ほど、ひとりでいること、ひとりで食事することを辛いと感じる傾向があるそうだ。つまり、携帯電話への着信が、あるいは電波が、友人とともにいることの代理となっている。

われわれは、今や、<不可能性>とは何か、不可能な<現実X>とは何かを、推定しうるところにきた。<不可能性>とは、<他者>のことではないか。人は、<他者>を求めている。と同時に、<他者>と関係することができず、<他者>を恐れてもいる。求められていると同時に、忌避もされている<他者>こそ、<不可能性>の本体ではないだろうか。
われわれは、さまざまな「xx抜きのxx」の例を見ておいた。カフェイン抜きのコーヒーや、ノンアルコールのビールなど。「XX」の現実性を担保にしている、暴力的な本質を抜き去った、「XX」の超虚構化の産物である。こうした、「xx抜きのxx」の原型は、<他者>抜きの<他者>、他者性なしの<他者>ということになるのではあるまいか。<他者>が欲しい、ただし<他者>ではない限りで、というわけである。

僕のようにケータイをあまり使わない人間にとって、ケータイを片時も離さず、通勤のラッシュのなかでも、歩きながらでもケータイを眺めているひとが不思議だったが、その理由のある部分がこの本を読んで理解できたような気がする。少年による特異な事件、オタクの美少女ゲーム、カルト宗教、グーグルの検索から現代政治まで、社会学者の射程が広がっていて大変だと思った。これだけのことに対して目配りしなければならないということが、現代社会を全体としてとらえることの困難さを示しているように思われる。2~5章が僕にはとくに面白く感じられた。

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チャンピオンズリーグ他

・新監督はグアルディオラが有力
チャンピオンズリーグ準決勝で負けたバルサは結局無冠となり、選手の大移動が始るようです。監督もですが。放出候補はロナウジーニョ、デコ、ザンブロッタ、マルケス、アンリ、エトー、グジョンセン、ドス・サントス、テュラム、エスケーロ、ピント、エジミウソン等(凄いメンババー)。ロナウジーニョの輝きが無くなると共にバルサも沈んでしまいました。これだけ選手集めてもタイトルを獲れないとなるとどうするんでしょうか。

・J1札幌曽田が椎間板ヘルニア左膝半月板損傷で全治2ヵ月半
腰が悪いのは以前から聞いていましたが、膝まで痛めてしまったとは。後半戦にでられるのかなあ。じっくり治療してください。

・J1札幌練習生エジソン来日初ゴールC契約締結へ
エジソンは181センチ、75キロで利き足は右らしいです。スピードもあるらしい。エメルソンのように化けるか?まあ過大な期待はやめておきませう。唯一の明るい?話題でした。今週末札幌に帰るのですが、もう桜が散ってしまったのでしょうか。GW前に桜が咲くなんて初めてのような気がします。

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