« 2007年11月 | トップページ | 2008年1月 »

2007年12月

移籍情報3

<コンサドーレ札幌>
- 札幌が三浦監督との契約更新を発表
  札幌は本日、三浦俊也監督(43)と来季の契約を更新したと発表した。契約期間は2009年
  1月31日まで。
- 札幌・大塚、芳賀、藤田、砂川が越年交渉の可能性
  札幌MF大塚真司、芳賀博信、藤田征也、砂川誠は現時点で合意に達しておらず、越年交
  渉の可能性が出てきた。藤田は早期の契約更改に前向きだが、大塚は条件面に開きが
  あり交渉の長期化が予想されている。
- 札幌“正月返上”で高校生に電撃オファー
  コンサドーレ札幌が全国高校サッカー選手権で高校生獲得に乗り出すことが30日、分か
  った。現時点で新人4人の新加入を発表。来季新人の補強の方針は固まっていたが、強
  化部は全国高校選手権の視察を決め、高校生に「電撃オファー」を出す可能性が浮上し
  た。

三浦監督が更改です。1年契約です・・・・(´-ω-`)
ちょっと監督が変わることを期待しましたが、既定路線だったのでしょう。
ボランチの二人が年越しですか。アルセウが入ったので出番が少なくなる為?
砂川も難しい立場です。三浦監督とは合わない感じです。高校生をまた獲得しようとしているらしいです。今日、宮沢選手を見ましたがPK外していました・・・・_| ̄|○

<川崎フロンターレ>
- C大阪が川崎・相沢獲得へ
- 川崎 主力1人除く全員年内更改
  来季契約提示したほぼ全選手が、更改交渉で合意に達していることが30日、分かっ
 た。主力1選手を除きMF中村、伊藤、寺田、谷口、黒津らがすでに合意。
- 我那覇が川崎Fと契約更改で合意
  来季はJ2得点王のFWフッキが東京Vから復帰し、FWもできる千葉MF山岸の加入が
 濃 厚。ジュニーニョと鄭大世の2トップが結果を出しており、レギュラー取りへのハード
 ルは一 層高くなる。「今年以上に気合を入れていく。自分を信じてやれば、可能性はあ
 る」と意気込んでいた。

相沢は去年せっかくレギュラーになりそうだったのですが、キャッチングとキックがいまいちで、今年は出番がなかったので仕方がないですね。結局、黒津も我那覇も残留ということで、来年日本人FWは厳しい状況になりそうです。

Dpp_2322

 

|

Death of a clown

「中原中也詩集」 大岡昇平編

  とある朝、僕は死んでゐた。
  卓子に載つかつてゐたわづかの品は、
  やがて女中によつて瞬く間に片附けられた。
  - さつぱりとした。さつぱりとした。

今年が中原中也生誕100年ということをすっかり忘れていた。昨日の新聞のTV番組蘭に中原中也生誕100年の番組を見つけて思い出した。結局その番組は見逃してしまったが。岩波文庫版の「中原中也詩集」を読んだ。中原中也生誕100年だからというわけではなく、最近読んだエッセーで中原中也の詩が頻繁に引用されているのと、「中原中也詩集」をちゃんと読んだことがなかったから。大岡昇平さんの解説によれば、ダダと道化は、中原の基本的な生活態度、詩的発想の根源ではないか、と思われるほどである。中原中也論で一番引用されるのが「知れよ、面白いから笑ふので、笑ふので面白いのではない。面白い所では人は寧ろニガムシつぶしたような表情をする。やがてにつこりするのだが、ニガムシつぶしてゐる所が芸術世界で、笑ふ所はもう生活世界だと云える」という「芸術論覚え書」の文章。未刊詩編から印象に残ったところを引用する。

  夕暮れが来て、空気が冷える、
  物音が微妙にいりまじって、しかもその一つ一つが聞こえる。
  お茶を注ぐ、煙草を吹かす、薬罐が物憂い唸りをあげる。
  床や壁や目に入る。そしてそれだけだ、それだけだ。


  亡びてしまったのは
  僕の心であつたろうか
  亡びてしまったのは
  僕の夢であつたろうか

  
  鏡の、やうに、澄んだ、心で、
  私も、ありたい、ものです、な。
  
    鏡は、まつしろ、斜から、見ると、
  鏡は、底なし、まむきに、見ると。


  唾液には混ざらぬものを
  恰も唾液に混ざるやうな恰好をして
  ぐつと嚥み込まなければならないのかも知れない
  ぐつと嚥み込んで、それがどんな不協和音を奏でるかは、僕が知る


  私はもう歌なぞ歌はない
  こんな御都合な世の中に歌なぞは歌はない


  一夜の 鉄扉の 隙より 見れば、
   海は 轟き、浪は、躍り、

  私の 髪毛の なびくが まゝに、
   炎は 揺れた、炎は 消えた。


  やがて死にゆくものであるから
  季節は移りかはりゆくから
  ひからびたおれの心は
  ひからびた上にもひからびていつて

  ひからびてひからびてひからびてひからびて
  ― いつそ干割れてしまへたら
  無の中へ飛び行つて
  そこで案外安楽の暮せるのかも知れぬと思つた

_mg_0009 

|

東方第一人

「評伝 高野長英」 鶴見俊輔

1975年に出版され、長らく絶版になっていた本書が藤原書店から再版された。新版への序で、この本を書いた動機について、脱走兵援助が一段落ついたことがあり、長英も幕末の脱走者だったと鶴見さんは述べている。

高野長英は1804年水沢に生まれる。1839年蛮社の獄に連座して、永牢。その間に牢名主になったりしている。1844年大火によって獄舎からはなたれ、帰らず脱獄する。その後、各地にひそみ、1850年江戸に戻り、医師沢三伯として青山百人町に住む。この年の10月、捕方にとらえられ死去。享年46歳。

長英は、シーボルトの門下生として、オランダ語論文を書いており、それらがシーボルトの「ニッポン」を支えた。長英の訳の特長は、あいまいな日本語の言い回しを明確な意味をもつ単純なオランダ語に置き換えていることにある。「都名所車」のオランダ語序文には、誤解や難解をさけるために、日本人にははっきりわかるが、オランダ人にはまったくわかるまいと思われる場所には、私の考えを註釈のように加えておきました。日本の本を逐語的に忠実翻訳することは、漢字や日本字の書き方の相違があったり、意味が多岐にわたったりして、けっしてできるものではありませんと書いている。長英は脱走中、宇和島藩でオランダ語の兵学書を訳し、蘭書の講義を行い、宇和島藩が集めた蘭書の整理を行う司書のような仕事も行っていた。長英の書物は、それを読んで実地を行えば、実現可能な地図のごとき論文だった。

蛮社の獄で捕らえられた渡辺崋山と高野長英は対照的な生き方を見せる。崋山は、豊かな感受性をもつ芸術家であり、小藩とはいえ家老であった。長英は、養家から学資をもらいながら、藩を離れ、長崎に遊学し、町医者として独立した。すくなくとも、崋山が48歳まで生きつづけさせたものは、芸術家としてさまざまな感覚的な喜びだけなく、彼の家が武士社会でもっていた名誉であり、その名誉にかなうだけの努力をしているという倫理的満足だった。長英は、江戸に定住して翻訳の仕事が進み名声を得るにつれ、他人に対して傲慢な態度で接し、自分の学力を自慢していたようだ。長英は崋山と同じような旧藩社会に対する感情をもっておらず、それが獄中にあって自害におちいることを防ぎ、獄中の生活から救い出す力となった。
  
  崋山には、のちに明治に入って小学校の国定教科書に閉じこめられてしまったよう
  な、封建社会の道徳にエゴの要求をしたがわせる一面があり、長英には封建社会の
  道徳におしつぶされない弾力的なエゴがある。崋山と長英とを二人ならべてみると、崋
  山は封建時代の精神をになう最後の人びとの一人、長英は封建時代をぬけでて近代
  の精神をになう最初の人びとの一人であると感ずる。私は近代の精神が封建時代の
  精神にあらゆる面ですぐれていると思うものではないが、両者にたいする倫理的評価
  と別に、彼らの生き方にそういう違いがあると思う。そのちがいは崋山の自殺、長英の
  脱獄という行動の対照によって、表現されている。

高野長英がただ傲慢な人間ならば、各地にかくまわれ、かくまった人たちが捕らえられても決して長英については語らなかったことについて説明がつかない。また、長英がもし他人に優しく正直であるだけの人物だったら、時として役人と結び、牢名主などつとまらなかった。潜伏中、長英に同行した百姓を国に帰そうとしたとき、首に刃物をあて、おまえを帰すわけはいかないとその百姓が口を割らないか試した逸話が残っているように、マキャヴェリズムが長英があったと鶴見さんは述べている。この本は、高野長英の周辺の人びとについての記述も多く興味深いものとなっている。

Dpp_0031

|

天皇杯準決勝

_mg_5591

<天皇杯準決勝 川崎 0 - 1 鹿島>
なんというか、チャンスをものにしないと勝てないです。フロンターレのシュートの精度が悪すぎました。ジュニーニョか村上のシュートがどれか決まっていればなあ・・・・・_| ̄|○
唯一の失点は、ヘディングのクリアミスから本山にフリーでシュートを決められたもの。やはり本山でした。川崎の左サイドは弱いです。選手層が薄いので交代した選手で打開できません。ナビスコ杯決勝と同じ感じで、ストレスが溜まる試合でした。鹿島はそんなに調子がいいとは思えなかったです。今日はちょっと悔しい負けです。

_mg_5584

_mg_5582

|

プレミアリーグ

リーガエスパニョーラはお休みですが、プレミアリーグはクリスマス休暇中も試合があります。年末で日程が立て込んでいます。イングランドではクリスマスに首位のチームがリーグを制覇するというジンクスがあるそうです。

<チェルシー 4 - 4   アストン・ヴィラ>
なんというか、レッドカードが3枚もでて、両チームが4点取るという荒れた試合でした。アストン・ヴィラが2点リードしたときは、このまま終わるかと思いました。 前半の終わり、アストン・ヴィラのナイトが決定機を阻止したということで、一発退場。PKをシェフチェンコが決めて1対2のままで後半へ。後半、シェフチェンコの見事なミドルシュートでチェルシーが同点。チェルシーは、アレックスが決めて、3対2になり、相手も一人少ないのでこのままチェルシーの勝ちかと思いました。その後すぐ、アストン・ヴィラはセットプレーからラーセンが決めて、同点。後半35分、チェルシーのカルヴァーリョが危険なタックルで一発退場。人数が同じなって、アストン・ヴィラのゴール前で、FKを得たチェルシーは、バラックが直接決めて逆転。今度こそ決まったかと思ったら、後半の終わりにA・コールがPA内でハンドの反則を犯し退場となりました。アストン・ヴィラはPKをきっちり決めて、そのままで試合終了。チェルシーには痛い引き分けになりました。

<ポーツマス 0 - 0 アーセナル>
アーセナルが引き分け、マンUが勝ったため、マンUが首位に立ちました。アーセナルはお疲れのような感じでした。今週は中2日で3試合という厳しい日程です。

<番外>
コンサドーレ札幌は2008年新加入選手としてバイーアのノナト選手の加入が決定しましたのでお知らせ致します。

登録名: ノナト
生年月日: 1979年 7月5日 28歳
ポジション: FW    
出身地: ブラジル
身長/体重: 176cm/77㎏
サッカー歴:
<1996年> トゥナルーザ(ブラジル)
<1997年> イラチ(ブラジル)
<1997年> イトゥアーノ(ブラジル)
<1998年~>バイーア(ブラジル)
<2004年~>テグFC(韓国)
<2005年> ソウルFC(韓国)
<2006年> ゴイアス(ブラジル)
<2007年> フォルタレーザ(ブラジル)
主な記録:バイーア 通算133得点 (クラブ記録)

という選手を獲得したそうです。実際プレーを見ないとどんな選手かわかりません。期待してもよいのでしょうか。

Dpp_01012

|

今年の3冊

このブログは、読んだ本を忘れないようにと始めました。本は週に何冊も読めないので、隙間を埋めるため写真やサッカーに関する記事を書いたのですが、いつの間にか主従逆転してしまった感があります。いちおう、本がメインのプログのつもりです。ということで、読売新聞や朝日新聞の読書欄年末恒例記事をまねして、自分の「今年の3冊」を選んでみました。

「越境の時」 鈴木道彦

「異郷の季節」に続けて読んで、鈴木道彦というひとに感心しました。単なるプルースト研究家と思っていた自分が恥ずかしい限りです。

「見続ける涯に火が・・・・」 中平卓馬

中平卓馬さんの手に入りにくい旧稿の写真論を集めたもの。写真を突き詰めて考えると写真が撮れなくなるとこの本を読んで思いました。写真展、写真集を含めて写真に関して今年一番考えさせられたのがこの本でした。

「雨過ぎて雲破れるところ」 佐々木幹郎

詩人佐々木幹郎さんのエッセイは殆ど読んでいるのですが、詩集は一冊も読んだことがありません(スイマセン)。詩人の書くエッセイは面白いものが多く好きです。僕が好きな詩人はみな「中原党」なので中原中也の詩の引用が多いです。

Dpp_01020

|

国立へ

明日はいよいよ、天皇杯準決勝です。川崎は苦手の鹿島と対戦です。関塚監督が鹿島のコーチをしていたのでお互い手の内を知っています。ジュニーニョもマギヌンもブラジルに帰らずに決勝まで日本にいるようです。鹿島がホンダFCとの対戦のときの状態なら、川崎が勝つよう気がします。まあ、J1王者なので修正してくると思いますけど。管理人は、29日は国立競技場へ行きます。天気は悪そうです・・・・(´-ω-`)
管理人は、19時の千歳空港行の飛行機に乗るので、PK戦までは観戦できません(と思う)。とにかく川崎の選手を信じています(と思う)。決勝は残念ながら生観戦はできませんが、札幌でTV観戦します。勝って欲しいなあ。

_mg_5488

|

移籍情報2

<コンサドーレ札幌>
・鄭容台が完全移籍
・柏MFのアルセウ獲得へ ハードマーク、展開力に定評
  残りの外国人FWについては、ブラジルから獲得する模様。来季はダビと新外国人のブラ
  ジル人2トップで臨む予定だ。

札幌の目玉の補強がアルセウなんでしょうか。柏にいたときの印象があまりないです。残り外国人はFWと決めているようですが、日本人のFWは補強無し?川崎の大橋を狙っているようです。大橋は先発で使ってくれるチームに入りたいそうで、川崎のオファーを保留しているらしいです。

<川崎フロンターレ>
・川崎・佐原、F東京へレンタル移籍
・オジェック熱望!浦和が黒津獲り
・仙台が西山を獲得
・井川は川崎へ完全移籍
・川崎・河村が磐田復帰へ

佐原がよそのチームへ行くとは・・・・・・・_| ̄|○
川崎一筋11年。J1昇格も、降格も、J1再昇格も知っている佐原が東京ガスへ。城福さんは富士通川崎サッカー部の監督だったとき、確か佐原をプロ化するサッカー部に誘ったような記憶があります。浦和が黒津を獲得するとなると我那覇の移籍は無くなる?管理人は、黒津を残して欲しいと思いますが、オファーが浦和だからなあ。西山は地元に戻るので頑張ってください。岡山もいます。井川は正社員としてファン感にでますと言っていますがなんか違うぞ。河村が磐田復帰ですか。これは結構痛い。出て行くひとのほうが多くて、入って来る人が少ない気がします。あっと驚く補強があるのでしょうか。

Dpp_01002

|

クリスマスの夜に

いま鶴見俊輔さんの「評伝 高野長英」を読んでいて、第一章にペドロ・カイス岐部のことがでていた。高野長英とは直接関係ないと思われるが、その活動の最後は水沢を根城にしていたことで鶴見さんは取り上げている。岐部神父は、1587年、豊後の国 国東半島の岐部に生まれ、有馬のセミナリヨで教育を受けた。そこで、ポルトガル語とラテン語を自由に使いこなせるようになった。その語学力は、彼の手紙からわかるそうだ。

1614年、彼が27歳のとき、徳川幕府はキリシタン禁令を発し、宣教師とともにマカオに追放された。何人かの日本人神学生は、ローマに行って勉強を続けようと考えた。日本人を信頼していないヨーロッパの神父は、ローマに手紙を送って、彼らを信用しないようとすすめている。この手紙からは、ヨーロッパ人の自らの優越性に対する強固な信念を伺わせる。このヨーロッパの神父の予想は外れ、岐部神父は鎖国の中で最後まで信仰のため働きつづけた。

岐部神父は、マカオを出奔し、インドのゴアまで行き、そこから現在のパキスタン、イラン、イラク、ヨルダンなどを横断したらしい。1620年、ローマにつき、イエズス会への入会が許された。このとき、「私は自分の召命に満足している。そして自分の救いと同胞の救いのため進歩しようという大きな望みを抱いている」と岐部神父は書いている。彼は、34歳の大学生としてグレゴリアン大学で倫理神学を学んだ。1622年、岐部神父は日本に帰る許しを総会長に求め、ローマを離れた。スペイン、ポルトガル、アフリカ、インド、マカオ、マラッカ、タイ、マニラと旅を続け、1630年、8年を費やして、薩摩半島の南端坊津に上陸した。このとき、彼は43歳だった。

東北地方は、伊達政宗の変心により、キリスト教徒は追放され、説教も不可能になっていた。岐部神父は進んでこの東北地方に出かけて行き6年にわたって活動を行った。幕府は島原の乱もあり、キリスト教徒への警戒を厳しくし、密告者には賞金を与えるようになった。こうして岐部神父についても密告が行われ、捕らえられて江戸に送られた。江戸の評定所で何度も取り調べを受けた。これには将軍家光が直々に立ち会ったこともあったそうだ。それでも屈せず信仰を捨てなかったため、キリシタン奉行 井上筑後守の命により穴吊りにされた。井上筑後守は「契利斯督記」にその最後を次ぎのように書いている。

  キベヘイトロは転び申さず候。吊し殺され候。是は其時分までは不巧者にて、同宿二
  人キベと一つ穴に吊し申し候故、同宿ども勧め、キベ殺し申し候由。キベ相果て候てよ
  り後、両人の同宿ども転び申し候に付、つるし場より上げ、牢屋へ遣わし、久しく存命
  にて罷在り候。

この知らせを知った転向した二人のうちの一人の学友だった神父は、ローマのイエズス会総会長に、「岐部神父の不屈の信仰に慰めを覚えるだけに、知らせが真実であるとするれば、他の二人の弱さが私を悲しませる」と書き送っている。この神父は、この後、日本に潜入し、やはり長い間の拷問に耐え刑死している。

_mg_5565

|

クラシコ

<バルセロナ 0 - 1 レアル・マドリード>
観客が少ない天皇杯の試合を見たあとでクラシコを見ると、ちょっとびっくりします。カンプノウには9万人以上が入っていたそうです。バルセロナは攻めるんですけど。最後のところがいまいちでした。ロナウジーニョは調子が上がっていませんでした。いまバルセロナの攻撃の中心はメッシだとあらためて思いました。レアル・マドリードの得点は、グランダーではなく、ボールが浮いたままのワンツーからハーフバンドのボールをバプティスタがゴール角に決めたもので見事でした。押し込まれていたレアルのあっという間の得点。その後は激しいプレーが続いて、Jリーグなら2~3人退場していたのではないでしょうか。審判も大変だと思いました。

<A・マドリード 1 - 2   エスパニョール>
裏クラシコといわれる試合です。マドリードとバルセロナを本拠地とするチームの対戦です。こちらも激しい試合でした。 アゲロが報復行為で一発レッドで退場。このレッドカードはちょっとかわいそうな感じがしました。一人少ないA・マドリッド が先制したのですが、同点に追いつかれます。その後、ペルニアが2枚目のイエローで退場して、A・マドリードは9人に。 9人でよく頑張っていたのですが、後半40分にルイス・ガルシアに決められて万事休す。裏クラシコはバルセロナの勝ちでした。

Dpp_01005

|

黒い十字架

_mg_5569

横浜美術館「GOTH-ゴス-」展

  音楽やファッション、映画、小説など、現在、様々なカルチャー・シーンで「ゴス/ゴシッ
  ク」と呼ばれる現象が存在します。本来は中世ヨーロッパの芸術様式を指す言葉であ
  りながら、今やスタイルを超えて、ある種の生き方を示す言葉としても使われていま
  す。タトゥー、ピアッシングなどの身体改造、死や病に向けられる視線は、単なる趣味
  ではなく、保守的な世界に立ち向かおうとする自己表現のありようそのものと言えるで
  しょう。

「GOTH-ゴス-」展を見てきました。以前、電車に乗っていたら、あの黒い「ゴス」の衣装を纏った集団が乗り込んできて、ギョッとした思い出があります。後から某バンドのコンサートが行われていたのがわかって納得しました。吉永マサユキの「ゴス」「ゴスロリ」写真とピュ~ぴるのセルフポートレートには驚きました。吉永マサユキの写真は、タトゥー、ピアッシングをしている「ゴス」の若者をこれでもかと展示してあり圧倒されます。舌をトカゲのようにしている人の写真があり、初めこれは偽物の舌かと思ったのですが、何枚かあったので舌を整形したんだとわかりました。なぜこれほど自分の身体を変えようとするのか。これも一種の自分探しなのかと思いました。やはり、写真は大きく引き伸ばして見るのが良いです。ピュ~ぴるというひとは知らなかった。横浜トリエンナーレに出展していたとあったのですが記憶になかった。経歴を調べたら、

  ピュ~ぴるは、1974年東京生まれ。高校生の頃から自宅にあったミシンを駆使し、独 
  学でコスチューム制作を始めました。当初はクラブへ行くためのコスチュームとして作
  っていた奇抜な服でしたが、97年からは作品の創作として注力するようになります。三
  つ目のクマ(くまぴる)やミラーボールの灰燼(リフレクト・シャワーKyo)、赤ん坊を抱い
  た男(Motherマン)、毛むくじゃらのかわいい生物(シゲルくん)など、奇抜なアイディア
  に満ちたコスチュームデザインの数々は、パターンによって始めに設計されたもので
  はなく、作りながらミシンで形を整えていくという地道な方法によって生み出されたもの
  ばかりです。
  また、デザインとともに、彼にとって重要なのは、存在自体が彫刻(オブジェ)かするこ
  と。手から生み出される服が、メイクやポージング、性格付けなど、体全体を使っての
  表現によって、服に一つのキャラクターが生き生きと与えられ、頭の中に思い描かれ
  た妄想のような物語性が、劇場的に展開し始めてこそ、ピュ~ぴるのオブジェとして完
  成するのだといいます。
 
だそうです。ピュ~ぴるのセルフポートレートは、性転換する前後の写真で自身の存在自体をオブジェとして撮影しており凄いと思いました。自身を傷つける少年のイメージで、身体と精神が乖離する感じがします。ブログを見たら、10月にタイへ行って治療したそうです。三ヶ月は安静にしていないといけないらしいのですが、ピュ~ぴるは動きまわっています。久しぶりに写真を見て驚きました。

_mg_5487

|

天皇杯・準々決勝

風邪で調子が悪い為、今日家に引きこもっていた管理人に電話がきて、
「スタジアムのどこにいますか」
「いやあ、家にいます」
「なにやってんですか!」(スイマセン何もしていませんでした)
「今日は勝つと思ったので」(相手が愛媛だからって、スイマセン愛媛関係者の方々)
「国立は来てくださいよ」
「はあ、国立は必ず行きます」
なんやかやといって、天皇杯・準々決勝の試合全部TV観戦してしまった管理人です。鹿島 対 ホンダFCが一番面白かったです。

<G大阪 1-0 清水 >
G大阪が攻めても攻めても点が入らない試合でしたが、ようやく1点勝ち越して勝利。相変わらずの試合巧者というか、悪くても勝ち方を知っているというかさすがでした。
<鹿島 1-0 ホンダFC>
とにかくホンダは凄かった。はっきりいって札幌よりいいサッカーしていました。前からプレスかけて、繋ぐサッカーは見ていて面白かった。一人退場しても、J1王者に向かって行く姿勢はたいしたものです。本田技研のサッカー部がJリーグに参入しなかったのは、創業者の宗一郎氏の本業以外では稼いではいけないという言葉を守ったからという話を昔聞いたことがあります。こういうチームがJリーグに加わらないのはもったいない。
<愛媛 0-2 川崎>
川崎は、大橋のミドルシュートで先制。大橋は戦力外なんでしょうか。これももったいない感じがします。後半、ジュニーニョがPKを決めて2点目。そのときのイエローで愛媛は一人退場。その後は、川崎のやりたい放題だったのに無得点。今日の愛媛のGKは大当たりで、アトランタ五輪のブラジル戦の川口みたいでした。つぎは国立で鹿島と対戦。90分で決着してくれないと飛行機に乗れなくなるのでよろしくお願いします選手のみなさん。
<F東京 0-2 広島>
前半は広島で、後半は東京が押していましたが決定力の違いがでてしまった。東京の北京五輪代表組はなんかシュート外しまくっていましたが大丈夫なのでしょうか。広島の柏木のシュートは上手かったです。

いつものことですが、記事内容と画像は関係ありません。

Dpp_01004

|

トラブゾンの猫

NHK BS-hi 「小田実 遺す言葉」を見た。HDに録画していたが、見るのを躊躇っていた。番組制作のきっかけは、プロデューサーの坂元さんが小田さんをお見舞いに行ったとき、小田さんに「言い残したことが沢山あるので、撮影したいならやりなさい」といわれたからだそうだ。

最初は、小田さんの自宅での撮影で、入院後は聖路加病院の病室での撮影だった。病室での撮影は、小田さんが次第に痩せていき、話すことも困難になっていく様子を記録していた。僕の父親は肺癌で死んだが、最後のほうは痩せて意識もなくなり、ただ点滴だけで生きていた。TVでは、本当の最後のところは放送していなかった。この放送のなかで、鶴見俊輔さんが、小田に巡り会えたことに感謝したいと言っていたのが印象に残った。

小田さんは、人間は死ぬものなので、死生観なんて語らない、「トラブゾンの猫」を書くことと「世直し」の見直しで頭が一杯だと語っていた。野良猫好きの小田さんの構想では、「トラブゾンの猫」は色々な国の猫が人間の愚かさについて語り合うおとぎ話にしたかったらしい。小田さんは、日本という国はみなさんが思っているよりも価値のある国だということを繰り返し語っていた。

Dpp_01042

|

丘々は胸に手を当て

「中原中也 天体の音楽」 樋口覚

中原中也の纏まった詩集は「在りし日の歌」と「山羊の歌」の2冊だけ。その他に、未刊の詩が沢山残されている。この本の中で、最初に中原全集を編集した中村稔さんが、30歳で夭折した中原だからちゃんとした全集が出せると述べている。中原中也を取り上げる文芸批評家は多いが、中也を全く評価しない人も多い。中也党と反中也党というものがあるらしい。「雨過ぎて雲破れるところ」の佐々木幹朗さんは中也党。佐々木さんも中原全集を編集している。僕が中也の詩を知ったのは、つかこうへいの「初級革命講座」にでてくる「よごれちまった悲しみに」だった。国語の教科書には中也の詩は載っていた思うが忘れてしまった。この本には、中原中也および主に中也と関係のあったひとたちについての批評と対談が収められている。

畳かけるような調子と、微妙な語句の反復が中也の真骨頂であると著者は述べる。中也の詩には、自然が独特の陰影と韻律を伴って登場して無類の光芒を発する。一見何の変哲もない自然の姿が、実に印象的なものに変容する。中也の詩は、どれも一読して分かりやすいが、その中身は濃く一筋縄ではいかない。耳に残ったフレーズの響きと意味を確認して何度も口ずさむ。人にその一節を記憶させるためには、詩人は世の通俗性におもねったり、怠惰な情緒にすり寄ってはだめだと著者は言う。歌は生まれ、そして消える。

  「歌」には高度な技術が要求されるのだ。反復は単なる再現ではない。反復されること
  によって、おのずとおびきだされるかすかな展開の兆しを感触し、より無意識の古層
  へゆり戻されることを人に期待させる技法なのだ。こうした仕方によって、舌頭で転が
  された音から曳き出され、抵触される時間の推移や移ろいの表現は無類だ。絶えざる
  音の調整の先にようやくみえてくるのは、言葉の意味ではない。言葉が砕け散ったあ
  とに初めて現象する「言葉なき歌」である。舌の絶妙なトレモロだ。中也がこの音の砂
  金を獲得するために、どれほどの営為があったか。舌を捲く思いである。
  中也の詩の軛は柔らかく、そして硬い。

大岡昇平さんが、中也の詩の中で一番好きなのは「夕照」だと言ったら、侮蔑したような顔で「ふん、こんなのが好きか」と中也は言ったそうだ。大岡さんは、復員後、作曲を習い、「夕照」に曲を付けている。大岡さんがフィリピンで俘虜になったとき、毎日綺麗な夕焼けを見ながらこの「夕照」を思い出していた。

  丘々は、胸に手を当て 
  退けり。
  落陽は、慈悲の色の
  金のいろ。
  
  原に草、
  鄙唄うたひ 
  山に樹々、
  老いてつましき心ばせ。

  かゝる折しも我ありぬ
  小児に踏まれし
  貝の肉。
  
  かゝる折しも剛直の
  さあれゆかしきあきらめよ
  腕拱みながら歩み去る。

Dpp_00988

|

冬至

Dpp_01044

東京都写真美術館 「文学の触覚」 「スティルアライヴ」 「土田ヒロミのニッポン」

東京都写真美術館へ行ってきました。「文学の触覚」「スティルアライヴ」「土田ヒロミのニッポン」の展示を見た。「文学の触覚」と「スティルアライヴ」は写真展ではなくメディアアートの展示でした。

「スティルアライヴ」は2人がいわゆる写真の展示でした。<SEA>という作品は、アラーキーの三番煎じのような海外の風俗嬢のヌードと海の写真。この中で良かったのは<Swimming in Qualia>でした。音と映像で心地よかった。他の2作品<回転回LIVE!>と<展示廃材・・・>は正直よくわかりませんでした。

「文学の触覚」もなにか新しいことをしようとしているのはわかるのですが、面白いとは思わなかった。作品を出展している人でわかったのは森村さんの三島由紀夫くらいで、その他の小説家は一人も読んだことがない人たち。林忠彦さんの文士の写真が入口に展示してあります。

「土田ヒロミのニッポン」は、普通の意味での写真展でした。<砂を数える>の圧倒的密度に比べると<新・砂を数える>は、なにかスカスカしてカラー写真のため嘘っぽく見える。<続・俗神>のポートレートが良かった。スタジオで撮影したのかと思ったら、外で撮影していると説明に書いてあった。こう見てくると写真だけを見せる展示は難しい感じで、人を呼ぶには著名な写真家の回顧展か若い新人の展示だけなのか。今日写真美術館で一番印象に残ったのは、2Fのcafeで飲んだカプチーノでした。

Dpp_00997

|

移籍情報

<コンサドーレ札幌>
-札幌が神戸DF坪内を期限付きで獲得
-札幌が鹿島MF増田に期限付きでオファー
-広島DF吉弘が札幌と交渉
-J2福岡は、J1千葉の元日本代表FW黒部光昭(29)を完全移籍で獲得
-J2仙台は、東京VのDF一柳夢吾(22)を1年間の期限付きで獲得
-三浦監督について、児玉社長は「乏しい強化費の中で、J1に上げていただいたのは高い
 評価をしている」と話した。来季のトップチーム人件費はニトリの1億円の寄付も含め9億
 円強と明かし、「それでもJ1最低クラス。クラブも営業数字は限られていますが、できる範
 囲で期待に応え、続投要請をしていきたい」

新人以外なんかいまいちの補強で、目玉がいませんねえ。黒部も一柳もよそ様へ。FWどうするんでしょうか。新人がいきなりレギュラーなのでしょうか。

<川崎フロンターレ>
-川崎フロンターレでは、来季の戦力補強として、早稲田大学所属の横山知伸選手の加
  入が内定致しましたので、お知らせ致します。
  横山 知伸(よこやま・とものぶ) ポジション DF 身長/体重 184cm/75kg
-川崎が千葉MF山岸智(24)に正式オファーを出したと報じられている

横山選手は、Jリーグのチームからオファーがなかったので野村證券に就職を決めていて、フロンターレがオファーをだしたので入団したそうです。J1のチームから誘いがあったら就職しないと会社には言っていたそうです。早稲田には一年浪人して入った苦労人です。
山岸にオファーですか。千葉はそんなに選手の居心地が悪いんでしょうか。

<番外>
NFLのブラウンズとビルズの試合を見ていて、子供頃雪の中でサッカーをしたことを思い出しました。こんな雪のなかでも試合をするとは。

_mg_1142

|

私は死を待っている

「ジュネ伝」 エドマンド・ホワイト

やっと読み終えた。最近、このような大部の本を読むのを避けていた。「モロッコ流謫」を読んで、ジュネのこと知りたくなり、この本を読み始めた。最初にサルトルの「聖ジュネ」を読もうとは思わなかった。僕はジュネの小説も戯曲も読んだことがないし、同性愛にも興味がないが、ジュネの生き方を知りたいと思った。

ジュネは、父親が不明なまま育った。母親は生後1年で、子供を養護施設に預けている。ジュネは13歳以降、学校教育というもの受けていない。放浪、窃盗を繰り返し、監獄の中で「花のノートルダム」を書き始める。自伝的な小説を次々に書き上げ、第一の高揚期があり、その後小説を書けなくなる。小説を書かなくなったジェネは、戯曲を書き始める。

サルトルの「聖ジュネ」が発表され、ジュネは思いかけず有名な作家となるが、このとき最もジュネが停滞していた。「黒んぼたち」「バルコン」「屏風」を発表したジュネは、ベケット、イヨネスコと並ぶ劇作家となる。ジュネは、ブラックパンサーやPLOにコミットしていく。1969年には来日して、三派全学連のデモに参加したそうだ。西ドイツ赤軍を擁護するような文章を発表した後、沈黙を余儀なくされる。

10年ぶりに訪れた中東で、ジュネは「シャティーラ・キャンプの虐殺」の現場を目撃し、「シャティーラの4時間」を書く。ブラックパンサーやパレスチナ問題に関わったことが「恋する虜」に結実する。晩年、ジュネはモロッコに落ち着くようになる。最期はパリの小さなホテルで死去する。ジュネはムスリムではなかったので、モロッコのララシュを見下ろす古い旧スペイン人墓地に埋葬される。

年譜的なものをたどっても、ジュネについて何も語ったことにならないと思う。この大部の伝記を読んでも、ジュネについて何かを理解したとは言えないかもしれない。友人を平気で裏切りることもするが、関係した人とその家族の面倒を見る。

パレスチナ、ナイジェリア、アメリカのブラックパンサーへの関わりでは、常に弱者の視点に立っている。ポール・ボウルズがモロッコで、ジュネとは関係を持たなかったのは、ボウルズがアメリカの白人だったからだそうだ。ジュネは定住を嫌い、所有も拒否していた。記録されている最後のインタビューで、ジュネは聖アウグスティヌスを引用して「私は死を待っている」と言っていたそうだ。

Dpp_0030

|

契約更改

<川崎フロンターレ>
川崎はジュニーニョの残留、フッキが復帰と正式に発表がありました。でもって、ところてん方式で、マギヌンは名古屋で、我那覇の去就が注目ということですか。川崎ではFWはブラジル人という暗黙の了解があるようで、使ってくれるところがあれば本人のためにも移籍したほうがよいと管理人は思います。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20071219-00000018-dal-socc

<コンサドーレ札幌>
札幌の三浦監督が続投要請を保留したそうです。

三浦監督「昇格して、降格してという過ちを繰り返したくはない。J1で定着するチームをつくるには(資金が)必要。J1で資金的に最下位で何年も残留させるのは現実不可能。落ちたらオレだっていない」「3年連続(07年昇格、08年残留、09年残留)で奇跡は起こらない。不安をいったらきりがない。自信を持てるところがない。個人のレベルも。2年、3年後と」

資金が無いのは今年だってわかっていたはず。いまさら、こんなことを言うとは情けないひとだなあ。今年の昇格は奇跡だと自分で思っているし・・・(´-ω-`)
甲府の大木元監督はこんなことは言わなかった。管理人は、大宮時代も含めて三浦さんの戦術が嫌いなので新しい監督を捜して欲しいものです。大木さんは、代表のコーチになってしまうようで残念・・・・・・・_| ̄|○

_mg_1132

|

えんどうみちろう

BS11のなぎら健壱の番組に、遠藤ミチロウがでていた。スターリンのときの映像も放送しており、一曲だけ歌った。スターリン時代の面影はなかった。15年アコースティックでソロ活動して、バンド時代よりも長くなったそうだ。バンドよりソロのほうがよいと話していた。遠藤ミチロウも57歳。スターリンのファンはいまだに結構いる。

25歳過ぎてから上京したから、いまだに山形のなまりがとれない。本人はなまりがあるから役者はできないと言っていた。酒が飲めなくて、猫好きで、最近欅の木が好きだそうだ。司会のなぎらが「欅の木が好きだというのはここだけの話しにしといたほうがいいですよ」と突っ込んでいた。スターリンのときとあまりに印象が違うので驚いた。清志郎やチャボは、昔とそんなに違わないのに。変わらないものがいとしく思えるのは年齢のせいばりではない。

_mg_1105

|

青サンタ

川崎フロンターレの選手が毎年行っている12月恒例の病院訪問が今年もあり、なんと森選手が青サンタになっているではないですか。清水元仙台監督も森選手は人間的に成長したと言っていましたが、森選手もこういうイベントに参加するようになったとは(遠い目)。

以前、管理人はボランティアで病院訪問を取材したことがありました。長橋選手、伊藤彰選手の青サンタで、小児科病棟へ行きました。そのとき、長橋選手が抱いた赤ちゃんがお漏らしをしてしまい、青サンタ衣装が濡れてしまうというハプニングがありました。川崎暗黒時代でしたので、どこのメディアも取材に来ていなかったのですが、次の日の新聞には、なぜか写真と記事が載っていました。透明人間でもいたのかなあ・・・・・・(´-ω-`)

http://www.frontale.co.jp/diary/2007/1219.html

_mg_1096

|

ロンドンダービーその他

<アーセナル 1 - 0 チェルシー>
最古のロンドンダービーで100年以上も前から戦っているそうで、スタジアムの雰囲気がすごかった。試合は、最初から攻守の切り替えの早い展開で、Jリーグで見られないパス回しで、こんな試合を見てしまったら日本のサッカーを見なくなるのも頷けます。でも、管理人はJリーグも見ますが。得点は、セットプレーからゴール前に上がったボールをチェルシーのGKがキャッチできずに、GKの後ろにいたガラスがヘディングシュートを決めたもの。その後、両チームはエキサイトしてイエローカードが飛び交いました。これに比べJリーグのダービーマッチは歴史が違うせいか、いまいち盛り上がらないような気がします。

<バレンシア 0 - 3 バルセロナ>
アンリがいなくても、ロナウジーニョが先発を外れても、エトーもメッシもいるバルセロナは強い。メッシが途中で太股を痛めて交代してしまい、全治1ヶ月でクラシコの出場ができなくなったのは残念です。グジョンセンがMFで初先発?が結構よかったように思いました。それに対して、バレンシアは良くないです。伝統的に堅守のバレンシアが今季すでに26失点。攻撃もビジャが怪我でいないせいか、全く精彩を欠いて無得点。ホアキンやシルバが昨季のようなサイド攻撃にならない。監督が交代してさらに悪くなった感じです。

<Rマドリード 2 - 0 オサスナ>
オサスナのほうがチャンスは多かったけど、なんとなくRマドリード が勝った試合。最後の決定力がやはり違っていました。なぜかフリーでいたファン・ニステルローイがヘディングシュートを決め、スナイデルがシュートをきっちり決めました。スナイデルのFKやミドルシュートは無回転で正確なものが多く驚きます。スペインリーグは今年も2強の争いです。

_mg_1136

|

クレアトゥール撮影会

昨日、三浦さんを撮影している途中で休憩したとき、撮影会の話がでて、急遽参加することにしました。画像データを渡すため、午前3時まで作業していました。地下鉄で本を読みながら、半分位寝ていました。何度も本を落としそうになったのは内緒だ。今回は、午前中だけの参加で、三浦さんと新人の能戸彩さんを撮影しました。能戸さんは撮影会が初めてということで、表情がちょっと硬かったです。三浦さんがかわいい系のポーズをすると管理人はどうも笑ってしまうので、「なんで笑うんですか」と三浦さんに怒られてしまいました・・・・(´-ω-`)

_mg_4781

_mg_4865

_mg_5139

_mg_5201

|

三浦鈴さん - 元町・山下公園

_mg_4605

ナビスコ杯決勝戦の日以来の三浦さんの撮影です。いつも午前中撮影していましたが、今回は午後から撮影しました。元町から山下公園へとぶらぶら歩きながら撮影しました。この時期としては暖かったです。三浦さんは途中の空き地でいきなり足を高く上げてびっくりしたのですが、チアリーディングをやっていたということでした。海の近くでは、岸のギリギリのところに立ったり、丸いオブジェの上で片足立ちになったり、カモメの群れの中へ行こうとしたりで、三浦さんは元気いっぱいでした。最後に中華街へ寄って、三浦さんはTVチャンピオンの肉まんをお土産に買って帰りました。

_mg_3380 

 

_mg_4283

|

牛頓祭

世の中は、すっかりクリスマスモードですが、クリスマスとは全く関係のない生活をしている管理人です。幼稚園は、ミッション系だったのでクリスマスが一番の行事でした。なぜミッション系かというと近所に幼稚園がそれしかなかったというただそれだけの理由です。近所といっても普通のバスで通っていました。そのころスクールバスというものはなかった。NHKアナウンサーの森田美由紀さんも同じ系列の幼稚園だったとは後から知りました。卒園の時に新約聖書を貰いました。それも大事なところには園長先生が線を引いており、園長先生の想いが伝わってきます。でも、いまだに読んでいません(すいません)。

学生のころ、寺田寅彦全集の日記を読んでいたら、「牛頓祭」という行事があり、12月25日に牛鍋を食べるとありました。なんのことかと思って調べたら、東大の物理学科では、あのニュートンの誕生日が12月25日なので、クリスマスではなくニュートンを祝してすき焼きを食べたそうです。管理人も物理学科でしたが、そのような行事が無かった。これは、東大物理学科独自の行事だったのでしょうか。

この時期、ショウウィンドウもクリスマス一色で綺麗になり、ショウウィンドウ写真好きの管理人にはありがたいことです。今年こそ札幌のホワイトイルミネーションの写真を撮ろうと思っています。最近、冬に札幌へ帰ると凍った道を歩くのが怖くて引きこもってしまいます。すっかり内地のひとです。

_mg_1147

|

鉛の飛行船再び

仕事が欧米担当のため、クリスマス休暇前はあれやこれやと忙しい管理人です。

<Led Zeppelin一日だけの復活>
アトランティックレコードの創始者の記念のため、一日だけ復活したZeppelin。ジョン・ポールジョーンズが加わったコンサートは19年振り。1枚のペアチケットに8万3000ポンド(約1900万円)をつぎ込んで手に入れた人もいたらしい。 ドラムは、ジョン・ボンナムの息子ジェイソン。リアルタイムでZeppelinを聞いた管理人は、なんというか嬉しいです。DVD買うだろうなあ。B'zが巧妙にZeppelinをパクっていると知り合いが教えてくれたけどB'zを聞いたことがない管理人にはわかりません・・・・・・(´-ω-`)

<岡ちゃん日本代表>
やはり、岩政が呼ばれました。なぜ代表に呼ばれないのか不思議でした。今野、山瀬も当然代表入りです。播戸も入っています。オシム監督よりはわかりやすいと思いました。

<コンサドーレ札幌>
似鳥様が1億円のボーナス。太っ腹です。サッポロビールは50万円・・・・・・_| ̄|○
管理人はサッポロビールしか飲まないですけどねえ・・・・(´-ω-`)
札幌に加入の新しい人たち。しかし、みんな180cm以上です。結構期待できそうです。
堀田秀平 DF/MF 181cm/74kg
宮澤裕樹 FW 182cm/72kg
柴田慎吾 DF 187cm/82kg
横野純貴 FW 183cm/72kg

<ペイトリオッツ13連勝>
開幕13連勝です。最後の砦だったスティーラーズにも勝って、残りの対戦相手を考えるとこれは全勝しそうな勢いです。TVで見ましたがあの強固なスティーラーズの守備も通じなかった。モスは心を入れ替えたようです。ブロックをするモスなんて想像できませんでした。

_mg_1095

|

J1・J2入れ替え戦・第2戦

<広島 0 - 0 京都> 

広島ビックアーチ 23162人

広島メンバー
GK:1下田崇
DF:28槙野智章、2ストヤノフ、19盛田剛平
MF:5駒野友一、8森崎和幸、17服部公太(46分16李漢宰)、7森崎浩司、27柏木陽介
FW:10ウェズレイ(71分18平繁龍一)、11佐藤寿人

京都メンバー
GK:1平井直人
DF:22渡辺大剛、35角田誠、6森岡隆三、5手島和希
MF:17石井俊也、16斉藤大介(56分9アンドレ)、36中谷勇介
FW:15中山博貴、31田原豊(67分7徳重隆明)、10パウリーニョ(89分2秋田豊)

凄い試合でした。広島が最初から攻め続け、それに耐える京都が時々カウンターから決定的な場面をつくっていました。前半、広島はいいかたちで京都の守備を崩しているのですが、最後のシュートが決まりませんでした。後半は、京都が3トップの4バックとシステムを変更して対応。それでも広島ペースで試合が進みました。広島のシュートがバーやポストにあたり、とにかく点が取れないままロスタイムへ。どちらかが得点したほうが昇格が決まるという戦いで見ているほうもハラハラドキドキでした。当事者じゃなくてよかったです。広島は1点取れば昇格という状況で、1点が遠かった。来年は、「そうだ京都へ行こう」が増えそうです。入れ替え戦がJリーグで一番熱い試合かもしれません。J2降格が決まってしまった広島関係者には申し訳ないですが、いい試合でした。

_mg_1134

|

退屈のすすめ

「ひとり旅は楽し」 池内紀

今、エドマンド・ホワイトの「ジュネ伝」を読んでいるが、とにかく量が多いし厚い本なので、電車で出かける時は、新書か文庫本を持っていく。昨日、出張で幕張へ行ったとき持っていったのが、この本。電車のなかで殆ど読んでしまった。池内さんの旅エッセーは読みやすく面白いのですぐ読んでしまう。池内さんの旅は、ひとり旅が多いらしい。ひとり旅では思いがけないことが起こる。個人所有の洞穴に入り、方向感覚を失い、危うく洞穴で遭難しそうになったり、熊野灘の九鬼の町へ徒歩で行こうとして、ヘロヘロになり思わず来た車にしがみついたりと普通では味わえない経験ができるのがひとり旅のよさだと池内さんは述べている。でも、そういう出来事には遭遇したくないと僕は思ってしまう。温泉に泊まる時は、午後早い時間に到着するようにして、誰もいない湯船でのんびりする。湯船につかるだけで退屈だ。でもこれがありがたい時間だ。他のひとたちがあせくせしているときに、退屈な時間を持てるのは贅沢なことである。これは僕もまねしてみたい。

  湯につかっているのは退屈なものだ。そのくせこの世で、そんなふうに退屈していると
  きほどゼイタクな時間はないのである。そもそもなに不自由なく、大手を振って退屈で
  きるのも温泉の特権であって、なるほど、温泉は特権ずくめだということに思いあた
  る。アクビが出る。顔の筋肉の総出演だ。思いっきりアクビをしよう。それに一人で退
  屈しているのは、いわば自分と二人づれ。文字どおりハダカの自分とこっそり遊んでい
  る。自分が退屈な生きものであることを納得する。

ひとり旅は、なにも遠くへ行く必要はない。「21世紀都市・東京」は、その中心に皇居があり、その周辺には古い神々を配している。新井薬師、恵比寿、亀戸水神、入谷鬼子母神、稲荷町、神泉・・・・。水道橋の橋を渡り、九段下の奈落に下り、三軒茶屋の茶屋で休むこともできる。秋葉原では、メイドが出迎えてくれる。日々変化してやまない情報都市だからこそ至る所つかの間の変身術を備えている。ビルの谷間にもうもうと線香の煙がたなびているのは、赤穂浪士の墓がある泉岳寺。理不尽なリストラがあったとき、江戸時代のサラリーマンには、無念の思いを晴らす手段があった。

  身近な旅はまた、空しい名前の氾濫する現代を教えてくれる。語呂合わせをした、口
  あたりがいいだけの名の商店街、強引にカタカナをくっつけた符牒だけの町。つかま
  の効用を果たすだけの商品と同じで、命名者自身、その生成と変身をつゆほども信じ
  ていない。コマーシャリズムという名づけ親が駄ジャレから思いついたらしいのだ。そ
  んな時代にあるからこそ、わが身近の旅は、ひそかな命名の儀式というものだ。改め
  て古来の名でもって名づけて歩く。

_mg_1145

|

GEKKO ブラック・ラベル

「月光」シリーズのブラック・ラベル(滑面無光沢)を使用してみました。プリンターはPX-5500です。カラー、モノクロ純黒、モノクロセピアと印刷した感じでは、このインクジェットペーパーはモノクロ専用として使うのがよいと思いました。カラーだとちょっと地味な感じがします。モノクロだと無光沢なため落ち着いた感じに仕上がります。個人的にはセピアが一番好きな感じに仕上がりました。インクジェットの月光シリーズも4種類でて、モノクロ用のプリンター用紙の選択肢が広がって良かったと思います。管理人は、カラー・モノクロに使えて、厚手のグリーン・ラベルが一番気に入って常用しています。この月光シリーズで残念なのは、6切、4切というサイズです。何度もいいますがA4サイズを出して欲しい。6切というのは、今となっては中途半端で、フォルダーもなかなか売っていません。なんとかして欲しいものです。

_mg_4280

|

J1・J2入れ替え戦

<京都 2-1 広島 >
西京極 12637人
≪得点者≫
京都:田原28、39
広島:平繁88

京都 、広島のサポーターの方々にとっては気が気ではない試合。TVで試合を見る管理人は、他人事といえば他人事です(スイマセン)。でも、これだけ真剣な試合はそう滅多に見られないので、見てしまいます。Jリーグの中位の消化試合より余程面白いのですが(スイマセン)。やはり、J1で入れ替え戦にでるチームは、勢いがないので負ける確率が高いですね。それにしても、広島はどうしたのでしょうか。あの2トップで得点できないとは。まあ、上手くいかないときはなにをやっても駄目ですね。個人的には京都が昇格してもらうと、京都へ行く機会が増えてありがたいのですが・・・・

_mg_9883

|

Jリーグ終了

Jリーグも終了して、各チームから契約終了選手の知らせがちらほら。

札幌ではブルーノ・クアドロスが契約更新しないそうです。大宮が昇格したときの立役者のバレーを切った三浦監督ですからねえ。黒部なんか獲るんですかね。30過ぎの元日本代表は失敗する可能性が大きいのは横浜FCを見ればわかるのになあ。来年は前途多難だな、札幌は。黒部より我那覇をレンタルで獲得してほしいものです。川崎にいても来年出番は激減だと思います。

川崎は結局5位。終盤は消化試合になったため、競技場に行きませんでした。マギヌンとフランシスマールが退団。フランシスマールは結局怪我が完治しなかったようで残念でした。マギヌンは、フッキが復帰するから押し出されたようです。来年、川崎はJ1得点王とJ2得点王の2トップでっせ。まあ、チームのイエロカードがまた増えるだろうけど・・・・・・(´-ω-`)

川崎はまだ天皇杯が残っており、浦和が敗れたためチャンスです。準決勝までは進んで欲しいけど、まだ負けたことがない神戸が難敵になりそうです。

Jリーグが終わってもスペインリーグやプレミアリーグの放送があるので、管理人のサッカーTV観戦はまだまだ続きます。

_mg_0479

|

平松美奈さん - 8PRO STUDIO

_mg_9782

2回目の撮影の平松美奈さんです。9月以来でしたが、美奈さんは綺麗になられて、赤文字女性誌でひっぱりだこの読者モデルというのも納得です。Wall Paperのマネージャーさんも「綺麗になったね」と言っておられました。赤文字女性誌とは「Ray」「CanCam」「ViVi」「JJ」のことで、管理人はいまだ見たことがありません・・・(^_^;;。前日も3本の雑誌の撮影があって、移動が大変でしたよということでした。東横線のディスプレイで、JJの広告に出ていましたねと管理人が言ったら、ご本人は知らなかったそうです。雑誌の撮影は色々沢山撮るので、どこに何が載るのかわからないそうです。専属読者モデルというひともいるそうで、業界のことを知らない管理人は読者なのにひとつの雑誌に拘束されるというのはよくわからないのですが・・・・・(´-ω-`)

_mg_9472_2

_mg_0051

|

We are Sapporo

<札幌2-1水戸> 
札幌ドーム 28090人
[得点者]
札幌:ダヴィ43、83
水戸:塩沢11

J1昇格&J2優勝キタ━━(━(━(-( ( (゚∀゚) ) )-)━)━) ━━ !!!!!

ダヴィの悪口を書くと、2得点なのね・・・(´-ω-`)

4万人というのはガセネタだったようで。

今日は、昼間からエビスビールを飲んでいました。

鹿島スタジアムの降格した試合を見に行ってから5年ですか。正直今年のJ1昇格はないと思っていました。戦力を見ると、6~7番位だったし、監督も代わったのでねえ。厳しいと思いますが、来年はとりあえず残留に向けがんばって欲しい。とにかく良かった。

_mg_0231

|

« 2007年11月 | トップページ | 2008年1月 »