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2007年11月

We believe

J2クライマックス<札幌 vs 水戸>

実家から電話がかかってきて「録画しとくかい」「うんだ、正月にみるべ」。

明日は札幌ドームが4万人くらい入りそうです。マリノスとのドームJ1初戦以来の入場者数だと思います。あのときはほんとに身動きができなかった。

ダースベイダーのテーマとともに勝利の女神も来札するらしい・・・・((;゚Д゚)ガクガクブルブル

相手が最近引きこもりをやめた水戸ということで予想は難しいですが負けるわけにはいかないべさ。管理人は最近北海道弁を忘れ気味なのでなんか変・・・・・(´-ω-`)

まあとにかく明日のよるはサッポロビールで乾杯するぞ・・・・(`・ω・´)。 

しかし、あした負けたら4万人が・・・・_| ̄|○となってしまいますよ。

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ゆやゆよん

「音楽が聞こえる」 高橋英夫

  あれはとほいい処にあるのだけれど
  おれは此処で待ってゐなくてはならない
  此処は空気もかすかで蒼く
  葱の根のように仄かに淡い

この本は、詩人と音楽についてのエッセイというか随想。「時空蒼茫」よりは気楽な感じがするが、あちらこちらにしなやかに思いが動く感じは似ている。このような本はゆっくり読みたい。この本で取り上げられている詩人は、モーツァルトよりもベートーヴェンを好む。モーツァルトが聞かれるようになるのは戦後のことで、小林秀雄の評論の影響があるらしい。ベートーヴェンは、ロマン・ローランの小説・評論におうことが多い。

戦前は、SPレコードのため頻繁にレコードをひっくり返さなければならないし、長大な曲は枚数も多くなる。現代のようにフラッシュメモリー数Gバイトに何時間も録音して聞くというのとは自ずと違ってくる。過剰な情報のなかにあり、じっくり音楽を聴くというより、通勤・通学の途中に聴いたり、なにかをしながらのBGMとして聴くことが多い。あらゆる音源からのひっきりなしの音楽流出状態は異常、不健全なのだが、われわれはそれに慣らされてしまって、気がつかない。

昔の音楽愛好家は、殆ど一期一会に近い思いで聴いていた、音楽はこの技術的制約によって一期一会であったと著者は述べている。この本の最後のほうは、中原中也を取り上げている。「ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん」は「山羊の歌」にある「サーカス」の一節。中也は、僕はもうバッハにもモツアルトにも倦果てた、あの幸福な、お調子者のヂヤズにもすっかり倦果てたと書いている。著者は、しばらく中原中也から遠ざかったせいか、新しい発見があるような感じがしたそうで、それではこれまでいい加減な読みかたをしてきたのかすこし気になったそうだ。

  読むたびに別の詩がクローズアップされてくるというのも、読みの現場のいつわらぬ実
  状なのではないか。それは、私の中也の読みにあらわれた一つの過程を意味してい
  るのではないか。詩を読むということは、生命の過程に身をどっぷりひたすことであ
  る。過程になりきることである。帰するところ、それは音楽の状態になることを意味して
  いるのではないか。音楽はそれを奏でているあいだ、それを聞いているあいだは、一
  瞬一瞬がすべて過程なのだから。すべて一瞬が過ぎ去りつつ持続している、それが音
  楽というもので、詩はどこまでも詩にちがいないが、詩を書くこと、詩を読むことはどち
  らも音楽なのである。

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岡ちゃん

<札幌時代の岡田監督の成績>
札 幌 1999年J2 36試合 17勝13敗6分  5位
札 幌  2000年J2 40試合 31勝4敗5分  優勝
札 幌  2001年J1 30試合 10勝15敗5分 11位(年間)

岡田元札幌監督がどうやら日本代表監督に復帰のようです。ルウちゃんの撮影会の時、ルウちゃんと日本人監督なら岡ちゃんだよなあと話していたら本当になった。変な話、一番今暇な監督経験者ということだったのではないでしょうか。西野監督やオジェク監督は来年も続投だし、ベンゲル監督はアーセナルの契約延長したので無理。札幌時代の岡田監督は、1年目はやろうとしたサッカーと選手の能力が合わず5位に沈む。この時、J2優勝したのがフロンターレ。2年目は難敵浦和がいたのに、播戸とエメルソンの2トップで断トツの優勝。この時は試合を見ていて楽しかったです。前にも書きましたが、試合後の札幌ローカル放送で岡ちゃんトークというのがあって、エメルソンについて「ただの石ころだと拾ったら、ダイヤモンドの原石だったという感じだ」と言っていたのを覚えています。そのエメルソンは、翌年なぜか川崎におり、その半年後埼玉の赤いチームの一員となり、今はカタールの人となったとさ。岡田さんは、WOWOWのリーガエスパニョーラの解説を時々やってますが、殆どサッカー好きなおっさんみたいな感じでリラックスしています。代表の監督は、あまりやりたくないような話をしてましたが、それだけ大変な仕事らしいです。やっぱり、山瀬と今野はデフォルトで招集だろうなあ。
この二人、札幌に戻ってくることは・・・・・ないなあ(´-ω-`)

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青山常運歩

「道元」 頼住光子

僕が電車とバスを乗り継いで永平寺に行ったとき、一番驚いたのは、観光バスと観光客の多さだった。電車にはあまり乗客が居なかったので、そんなに永平寺は混んでいないのかと思ったら違っていた。どうみても「道元」や「禅」に興味がありそうな人たちはおらず、ただ有名なお寺で観光コースに組み込まれているから来ているという感じだった。永平寺のお坊さんはこのような観光客に対応するのも修行の一つですと言っておられた。僕はいまだ「正法眼蔵」の本文を読んでおらず、解説書ばかり読んでいる。カフカの「城」の測量技師Kのように、城の周辺をうろついており、いつになったら本丸へ行けるのかわからない。この本は、本文が110ページほどだが、読むのに時間がかかった。それは「正法眼蔵」のわかりにくさに通ずるもので、解説書も「正法眼蔵」と同様に難しい。「悉有仏性」「虚空華」「青山常運歩」などのように、道元は異質の言語の使い方をしている。通常、とらえるのと違う異質な世界のありようを示そうとしている。真理は、この異質なありようを通じて浮き彫りにされると著者は述べている。

  この「空」そのものは、自己と世界の真相という意味で真理ということができる。真理と
  しての「空そのもの」は、有限な人間にとっては完全に言語化することが不可能であ
  り、同時に認識によって完全に枠付けることの不可能な、その意味で、絶対的に他な
  るもの、無意味そのものである。仏道における「解脱」すなわち真理の体得とは、まさ
  に、この世界の体得、直感的把握に他ならないのである。

「青山常運歩」とは、山が常に歩いているという意味である。通常の認識では、山は不動のものである。道元が「青山常運歩」というのは、私たちが常識として思いこんでいる世界観を相対化するためにいっており、それ自身として、固有の意味内容を持ち、自己と世界の真なるありようを指し示す言葉でもある。真理の当体である「空そのもの」を指し示す言葉は、一義的に決められない。「空」そのものは言語化不可能であり、様々な言葉で表現されるものである。

  「青山常運歩」というこの言葉は、自己と、「山」に象徴されるようなこの世界の諸存と
  が、ともに同時に歩く(修行する)という次元を切り拓く。世界のありとあらゆる存在と自
  己とは、同時に修行し、さとるというのである。このような同時の修行と「さとり」とは、ま
  さに「空そのもの」から、自己が存在を「時」として意味付け、自己と関係付けて、「空-
  縁起」なる全体世界を現成させる。まさに、これこそが、自己と時間と世界との成立な
  のである。

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降格・昇格

<川崎 3 - 0 広島>
<FC東京 1 - 2 大宮>
<柏 2 - 1 甲府>
甲府のJ2降格が決定。入れ替え戦は、得失点差を考えるとほぼ広島に決定だと思います。川崎と広島の試合はTVで見たのですが、広島はそれなりの選手が揃っているのに、うまく機能していない感じがします。川崎の養父は、トップ下のほうが右サイドより生き生きしています。川崎の1点目は、右からの森のファークロスを養父がダイレクトで中央に折り返して、テセのヘディングシュート。広島の守備は全く対応ができなかった。養父はうまいなあ。甲府が存続の危機にあったとき、甲府のサポーターが等々力にきて、署名活動していて管理人は署名した記憶があります。ふろん太と仲が良かったヴァンくんとも当分等々力で会えません。いいサッカーをしても、いかんせん個の力に負けてしまう。大宮はしぶとかった。管理人は、大宮が降格するんじゃないかと思ったのですが、最後の5試合を踏ん張った。こういう戦いを最初からやれよといわれそうですが。

<東京V 2 -1 愛媛>
<京都 1 - 0 仙台>
仙台のJ1昇格は無くなって、昇格は東京V、京都、札幌に絞られました。得失点差を考えると東京Vの昇格は決まったようなもので、戦術より個の力のほうがうわまるという悲しい現実。最終節に1チームも昇格のチームが決まっていないとは。最終節、札幌はドームで水戸戦です。管理人は土曜日だし、応援に行こうかと思っていますが、チケットはあるのかなあと書いたところで、平松さんの撮影がある日を勘違いしていました。札幌が負けて、京都が勝つと札幌が入れ替え戦へまわることになりまずいです。応援には行けないけどとにかく昇格してくれ。

順位   Team    勝点    試合数    勝    分    負    得点    失点    得失差 
  1    東京ヴェルディ1969  88  47  26  10  11  88  55  +33 
  2    コンサドーレ札幌  88  47  26  10  11  64  44  +20 
  3    京都サンガF.C.  85  47  24  13  10  79  58  +21 

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人文主義の役割

「人文学と批評の使命」 E・W・サイード

サイードが署名した最後の本。副題にデモクラシーのためにとある。「晩年のスタイル」より前に買っていたのが、なかなか読めなかった。人文学分野の専門化が進み、ある領域の専門家は、他の領域の専門家との関わりが無くなってきている。専門家は、専門家にしか読まないような論文を書き、専門雑誌で発表し、その仲間のなかで引用し合う。引用する部分だけは読んで全部の本なり論文を読むひとは多分少ない。論文、専門書、雑誌などが膨大な数になり、専門以外の本を読むことが困難になり、所謂タコツボ化がアメリカの大学でも進んでいるということだ。サイードは、この専門分野に引きこもることを否定し、文献学への回帰を提唱する。その専門分野を縦断する知識人としてアウエルバッハを取り上げ、その著書「ミメーシス」を分析している。文献学を専門とするには、色々な分野の知識や色々な言語やを習得し、その言語の母国の歴史などを学ばなければならない。総合的な知が必要となる。

  わたしが思う人文主義とは、わたしたち自身の沈黙や死すべき運命と闘いながら、テ
  キストから流用や抵抗といった現実化された場へ、伝達へ、よむことと解釈へ、プライ
  ヴェートからパブリックへ、沈黙から解説や発言へ、またその逆へと移動するための、
  そしてことばの空間と、身体空間や社会空間におけるそのさまざまな起源や戦略的展
  開とのあいだで、最終的に二律背反的で対抗的な分析を行うための手段であり、おそ
  らくわたしたちがそのためにもつ自覚のことである。

インターネットの普及により、閲覧できる情報は途方もなく広がり、もしblogなどで自分の意見を述べるとあのスフィストの読者よりも多くの読み手を持つ可能性がある。こういう時代の知識人の役割について、サイードは3つの闘争をあげている。第一の闘争は、過去の消滅を防ぎ、過去を保護すること。第二の闘争としては、知的労働の結果として、戦場ではなく共存の場を作り上げること。第三の闘争は、パレスチナ問題。調停不能のいくつもの経験が知識人に要求するのは、それこそがわれわれの前にあることだと言い切る勇気である。この本の結論として、サイード次のように述べている。

  知識人のかりそめの故郷とは、火急の、抵抗する、妥協しない芸術の領域であり、た
  だしそこにひきこもったり、解決を求めたりはけっしてできないのだと言っておこう。だ
  がこのあてにならない流浪の領域でのみ、掴みとれないものの困難さをほんとうに掴
  み取り、なんとか先に進もうとすることができるのだ。

サイードの死後、自分のことばで自分の考えを発言できる知識人はほとんど居なくなってしまった。

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昔、あの頃

「日本人はなぜキツネにだまされなくなったのか」 内山節

「日本人はなぜキツネにだまされなくなったのか」という不思議な題名の本である。キツネにだまされたという話が1965年以前では、成立していたがそれ以降はそのような話は成立せず、話自体も聞かなくなったという。東京五輪を挟んだ高度経済成長で、人々はキツネにだまされなくなったかわりに、貨幣の前に跪くしかなくなった。ことお金のことに関しては、簡単に騙されることが多くなった。「儲かる話」にお金のある人は群がり、そして騙されることもしばしばだ。預金の金利が2割だとか、100万円預ければ1年後には200万円になるとか、5人紹介すれば、元金が5倍になるとか等々。普通に考えれば、あり得ない話に人々は騙される。あり得ないと言うことで言えば「キツネにだまされた」という話と大してかわらない。「キツネにだまされた」という物語を生み出してきた社会とは、知性によってとらえられた歴史があり、身体によって受け継がれた歴史があり、生命によって引き継がれた歴史がある社会だった。儲かる話に騙される社会とは、知性によってとらえられた歴史のみを重視する社会である。短時間に成果を上げなければならない合理社会には、キツネにだまされる暇がなくなっている。

  身体や生命の記憶として形成された歴史は、歴史を循環的に蓄積されていくものとし
    てとらえなければつかむことができない。「発展していく歴史」は、知性が歴史に合理性
    性を求めたことによって、そのようなものとしてみえてきた歴史であって、それだけでは
    身体や生命を介した歴史はつかむことができないのである。
  現代の私たちは、知性によってとらえられたものを絶対視して生きている。その結果、
    知性を介するととらえられなくなってしまうものを、つかむことが苦手になった。人間が
    キツネにだまされた物語が生まれなくなっていくという変化も、このことのなかで生じた
    のである。

僕も残念ながらキツネにだまされたことがない。

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デジタルフォトテクニック

今日は、20日でカメラ雑誌の発売日。「デジタルフォトテクニック」だけ買ってきました。その他の雑誌は東京都写真美術館へ行ったときに読みます。新製品の発表は、WEBのほうが早いし、記事もマンネリなものが多いので何冊も買うことはないなあと思っています。今月号の表紙は、個人的に好きな多部未華子さんです。大学生だったとは知らなかった。高校生かと思っていました。「デジタルフォトテクニック」は今月号で終刊だそうで、次号からは月刊「フォトテクニック デジタル」となるそうです。本家隔月刊「フォトテクニック」はどうなるんでしょうか。どのように棲み分けていくのか次号が楽しみです。

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冬物語

サッポロビールの「冬物語」がでると、ああ冬がまた来たなあと思う管理人です。今も飲みながら書いています。

<札幌 2-2 京都>
携帯でチェックしていたら、1点負けているよ。あっ同点だ。やった、逆転した、昇格だ。げっ、ロスタイムに同点。しかもPKかよ・・・・_| ̄|○
ダイジェストを見たら、ダヴィがPK外していたのか。なんで石井がPK蹴ったのかわからなかったので納得。しかし、来季もダヴィと契約すんでしょうか。はっきりいってJ1では通用しないと思います。3位以内は確保したけど、入れ替え戦にでると広島にせよ大宮にせよ多分勝てないのでとにかく最終戦に勝って下さい。昇格するチームがここまで決まらないのは珍しいです。例年、1位のチームがとっとと昇格決めるんですけどねえ・・・・(´-ω-`)
<磐田 1 - 3 川崎>
この時期の、この順位にいるチーム同士の試合は、全く話題にならないし、見ているほうも燃えるものがありません。TVで見た限り、磐田のほうがいい試合をしていたように見えたのですが、ジュニーニョにやられた感じです。川崎はジュニーニョだけのチームと揶揄されますが、ほんとうなのでしようがありません・・・・・(´-ω-`)
<東京都写真美術館>
「昭和」写真の1945-1989 第4部 50年代以降「オイルショックからバブルへ」、「東松照明:Tokyo曼陀羅」、「写真新世紀東京展2007」を見てきました。「写真新世紀東京展2007」は、以前より私写真は減りましたが、相変わらず、偽アラーキーみたいな写真が多いです。今のアラーキーの写真は、四方田さんも言っているように、あまりよくないのに若いひとたちはまねしたがるのが不思議な感じがします。表現としての写真は行き詰まっているというのは確かな感じがします。多分、写真が売れるか売れないかの基準になっているのでしょう。昭和の写真のほうが、よほど新しい試みをしていた気がします。

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陸恵実さんfresh撮影会

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管理人は撮影会の写真はブログに載せないようにしていますが、陸恵実さんのリクエストがあったのでアップしました。笑っている顔はくしゃくしゃになるので、あまり載せないで下さいと言われましたがやっぱり入れてしまいました。記事のほうには笑っていない写真を載せてみました。前回はほとんどすっぴんだったのですが、今回はメークしていますということでした。陸恵実さんは、オシム監督の容体を心配していました。やはり、オシム監督は夜中にサッカーの試合を見ていて倒れたようで、本当にサッカー好きなんだろうなあ。管理人はヨーロッパのサッカーは録画して翌日見ています。次期監督は岡ちゃんでしょうかという話しもしましたけどそうなりそうな感じがします。撮影中に、昔のエアロスミスの曲がかかったので、エアロスミス知っていると聞いたら、陸恵実さんは知っていますよ、リヴ・タイラーのお父さんがいるバンドでしょと以外な返事が。洋楽をよく聞くそうです。管理人は、エアロスミスはデビューした時から聞いていますが、とは言えませんでした(歳がばれる)。リヴ・タイラーのお母さんは、今で言うスーパーモデルで、美女と野獣のカップルと言われていたような気がします。確かあの二人は結婚をしていなかったはず。管理人が代々木公園へ行くとなぜか天気が悪く、昨日はおまけに寒かった。陸恵実さん、風邪に気をつけて下さい。

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We catch the rainbow

いよいよ明日です。
月曜日に仕事が休めないため、札幌ドームへ行けません。スカパー入っていないので、実家のほうに録画するように電話しました。昇格したら、日曜日は大騒ぎになるのでとても最終便で帰ってこれませんし、昇格しなかったら、それはそれで帰る気が失せるのでその日のうちに帰るのは無理。選手のみなさんは、ハートは熱く、頭は冷静にプレーすることをお願いします。冷静になれといっても無理だと思いますが。試合後、7色のテープが舞うことを祈ります。ガンバレ、コンサドーレ札幌。

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ビターコラム

「けだものと私」 四方田犬彦

週刊「SPA」に連載された機嫌のいいときに書かれたコラムをまとめた本。機嫌がよいときに書かれていても、ずいぶんと辛口のコラムが多い。週刊「SPA」の連載ということで、ぐっとくだけたコラムで読みやすい。といっても僕は週刊「SPA」を読んだことがないのでなんともいえないが。この本の題名は、江藤淳の本からとったみたいだが、けだものの意味が最後までわからなかった。また、「播磨」や「チューリップ返し」がどんな性技なかわからなかった。わかったのは、四方田さんが島田雅彦が嫌いで、藤原新也が嫌いなことか。その他にも嫌いなひとがでてくるが、僕の知らない人が多い。美輪明宏の本の紹介で、面白い言葉が引用されている。給料は我慢料だと思え。お金というものは、これだけあれば充分と思っていればいいのであって、それ以上は骨折り損の草臥れ儲け。寝る前になにも考えてはいけない。常識とはすぐひっくり返るもので、真理とは関係ない。いい男は分にあわない。四方田さんが女装して写真を撮った話もでている。その女装した写真が、写真家の展覧会で売れたそうだ。撮影行為はセックスに似ているというが、この女装写真はあまりにHで公表できないものがあるらしい。四方田さんは恐るべきひとだ。このことがけだものの所以なのだろうか。やっぱりよくわからない。

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Kill the King

「『カラマーゾフの兄弟』続編を空想する」 亀山郁夫

亀山さん訳の「『カラマーゾフの兄弟』が異例の売れ行きだそうだ。この長い難解な小説が売れるというのは、それだけドストエフスキーが日本では人気があるということ。僕は若いころこの小説を5~6回読み直しているが、年をとると難解な長編小説を読み直すのはやっかいだ。この本は、「『カラマーゾフの兄弟』続編の可能性について著者が色々考えを述べている。、『カラマーゾフの兄弟』の続編については、序文や手紙、友人の証言などでドストエフスキーが「偉大なる罪人の生涯」あるいは「無神論」という長編小説を書こうとしていたことを伺わせる。ドストエフスキーの場合、借金の前借りのため、出版社の編集者に次ぎの小説のプロットを手紙に書くということがあった。『カラマーゾフの兄弟』の少年たちが、アリョーシャを秘密結社の領袖とし、皇帝暗殺計画を立てる。しかし、アリョーシャは途中から秘密結社を離脱する。皇帝暗殺は未遂に終わる。少年たちの中心のコーリャは死刑判決をうけるが、皇帝の恩赦により死刑を免れる。このような続編の可能性を著者は検討している。たぶん、アリョーシャは、皇帝暗殺の実行には加わらないという考えは『カラマーゾフの兄弟』で描かれている性格を考えると妥当だと思われる。寺田透さんが「ドストエフスキーを読む」で述べているように、ロシア語の原書で読まないひとは、ドストエフスキーについて語る資格がないというのは正しい意見だと思う。僕のような翻訳でしか読まないものでも、なにかしら語ろうとしたくなるのがドストエフスキーの小説の魅力だと思う。この本を読んで、亀山訳『カラマーゾフの兄弟』を読みたくなった。

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陸恵実さん

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陸恵実(ルウ・フィーミー)さんを初めて撮影しました。全くの初対面ということで、チョコレートのお土産を持ってスタジオへ。ルウ・フィーミーさんは、風邪をひいてあまり調子がよくなく、ミルキーばかり食べているそうです。お土産のチョコレートを渡すと、はやく食べたいですといって中を見ていました。ルウ・フィーミーさんは体調が悪そうだったのですが、よくしゃべって、笑っていました。車とサッカーが大好きで、サッカーは以前やっていたことがあるそうです。好きなな選手はシェフチェンコとビエリで、日本のサッカーは見ないそうです。女性誌に載るような、イルハンとかトッティは好きじゃないそうです。サッカー選手は顔じゃないですよねえと言っていました。最近、昭和っぽいものが好きだそうで、「トランジスタグラマー」になりたいですということでした。明るいお嬢さんで、撮影していても楽しかったです。管理人は十分トランジスタグラマーだと思いましたけど。

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待てないひとたち

「『待つ』ということ」 鷲田清一

携帯電話が普及したことにより「待ち合わせ」は待つことがなく、約束したひとがくるまで、買い物をしたり、他の用事を済ませたりということが多くなった。荷物の配送も時間指定ができるようになり、待つ時間は減ってきている。最近、それにも関わらず配送会社に、いつ荷物が届くか頻繁に電話を掛けてくるひとが多いそうだ。「何時何分に荷物がくるのか」「時間がもったいない」というそうだ。山の手線などは、ホームのはじから反対側の出口に行くときなど、もう次の電車がくるほど運転間隔が短いにも関わらず、無理な駆け込み乗車はかえって増えているそうである。無理に乗るため、ドアに挟まれ結局電車が遅れることもある。2~3分が待てない。著者は、「みみっちいほどせっかちになった」と述べる。せっかちは、未来に向けた深い前傾姿勢のように見えて、実は未来を視野に入れていない。ちょっと前に決めたことの結末を、その枠内で早く決着を見ようとする。待つことが法外に難しくなっている。

  意のままにならないもの、どうしようもないもの、じっとしているしかないもの、そういうも
  のへの感受性をわたしたちはいつか無くしたのだろうか。偶然を待つ、じぶんを超えた
  ものにつきしたがうという心根をいつか喪ったのだろうか。時が満ちる、機が熟すのを
  待つ、それはもうわたしたちにはあたわぬことなのか・・・・・・

待つといえば、サミュエル・ベケットの「ゴドーを待ちながら」である。待つことが待つことである保証がないままひたすら待ち続ける二人の浮浪者-ヴラジミールとエストラゴン-が登場する有名な戯曲。僕はこの戯曲をTVで観たことがある。実をいうとわからなかった。「ゴドー」が「神-GOD-」というなら安易すぎるが、そんなことはないだろうと考えるとよくわからなくなる。例えばこんな会話が続く。

  「さて、うれしくなったところで、何をしよう」
  「ゴドーを待つのさ」
  「ああそうか」・・・・・
  「何をしようか、今度は?」
  「待ちながらか」
  「ああ待ちながら」・・・・

指示する者が存在しないからこそ、このふたりは「ゴドー」を待つしかなかった。不在の「ゴドー」に「不在」の通告を下せない。従属という形式を放逐も放棄もできないため、できるのは時間つぶしだけである。

  なんの保証も可能性もないところで待つということ。なぜこのようないとなみが、わたし
  たちにおいて一度ならず始まるのだろうか。ひょっとして、待たれる者が存在する保証
  もないままに待つというのは、ひとにとって、究極のいとなみであるというよりもむしろ、
  <わたし>というものが存在しはじめるその初源のいとなみであるからかもしれない。
  とどのつまり、待ってもしたがないとじぶんに言い聞かせ、待つことを放棄するなかで
  はじめて、待つということのほんとうの可能性が到来するということだ。

著者は、待つのその時間に発酵したなにか、待ちぼうけに終わっても、それによって待つ人は意味を超えた場所にでる、その可能性にふれたはずだと最後に述べている。

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地をはう虫の視点

「中流の復興」 小田実

フィリピンに関わる恒久民族民衆法廷のためオランダへ向かい、体調不良のなかトルコの旅にでた小田さんが今年4月帰国後、体調不良の原因が病院の検査により末期ガンとわかり自宅療養を選んだ。5月に撮った小田さんの写真は、僕の知っている小太りのおっさんではなく、やせ細った白髪の老人だった。そういう状況で書かれたのが本書である。この中で、「終わりのない旅」が少しまじめな小説だったので、今度はピカレスクを書こうと思っていますと小田さんは述べている。最後まで小説への拘りがあったようだ。

  全部笑いのめす、それが文学です。上も下もへちまもあるもんかい、っていうのが文
  学の本質なんです。ギリシャ悲劇とか神話とかあるけれど、神話なんておとぎ話でしょ
  う。でも、聴衆にとっては、やっぱり現実政治と関係するから、みんな一生懸命見てい
  たわけです。それが文学の本質だということを、ギリシャ文学は示しています。
  ところが日本で演劇をやる人たちは、神話としてやるでしょう。現実政治と関連してや
  るという、本質を切り捨ててしまっている。いかに政治から文学を離れたものにする
  か、というのはまちがっていると思います。そういうことを考えて、私は自分で小説を書
  くわけなんです。だから私はこの国ではものすごく外れた存在で、私の本が売れない
  のは当然ですね。

政治論では言えない、小説だけで表現できるものがあるから書くと小田さんは述べている。小説は、紙のうえの話、それを読むほうが想像力を働かせ読む。最近、小説が衰退しているというのは、書き手の想像力が衰退している現れである。僕が最近あまり小説を読まなくなったのは、描かれている世界にどうも没入できなくなったからだと思う。それは、書き手というより僕のほうの想像力が衰退しているのだと思う。地をはう虫は上を見るだけなので自由であり、思考においても自由だ。小田さんは虫の側、小さな人間の側から積極的な実践、提言をしていきたいと。末期ガンの病床にありながら、このような情熱を持ち続けていたのは希なひとだと思う。後書きに、デモにも参加できないし、集会でしゃべることもできないが、書くことはできるので、できるかぎり書き続けたいと述べている。そして、書き続けた。

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11月のスーパーボウル

<コルツ 20-24 ペイトリオッツ>
TVで見ました。今年もどちらかのチームがスーパーボウルに出場すると予想されています。両チームもAFCに所属するので、スーパーボウルで対決することはありません。それで11月のスーパーボウルといわれるらしいです。試合は4Q途中までは、ホームのコルツが10点リードして、このまま終わるかと思ったのですが、残り8分からペイトリオッツが2TDを上げ、逆転勝ち。ブレイディとマニングとのQB対決は見応えがありました。マニングは調子が少し悪かったような気がします。ブレイディは、この試合でリーグ新記録となる9試合連続3TDパスを達成。凄い。

管理人が好きなファーブは、パスで360ヤードを稼ぎ、今季8試合で5度目のパス300ヤード以上を記録し勝利。パッカーズの試合ももう少し放送して欲しいです、NHKさん・・・・(´-ω-`)

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砂漠の邑

モロッコ流謫」 四方田犬彦

モロッコへの旅は、ボウルズへの訪問も兼ねていた。この本は、モロッコあるいは西アフリカの文化と、ボウルズ論が複合している。ボウルズ論がメインのテーマだと思う。ボウルズは、ニューヨークで作曲家として活躍し、彼は7歳年下で作家志望のジェイン・アウアーと結婚。文学作品の翻訳を作曲の合間におこない、高じて小説をかくようになる。1947年37歳のとき結果として生涯続くモロッコ滞在を決意する。同性愛者どうしの結婚は、はたして性交渉があったのか伝記作者を当惑させている。ボウルズは砂漠の邑タンジェに渡り、ここで書き映画化もされた「シェルタリング・スカイ」で一躍有名になる。50年代には噂を聞きつけたゲイの芸術家がタンジェにやってくる。テネシー・ウィルアムズ、カーポティ、セシル・ビートンなど。しかし、妻のジェインにとっては、このモロッコの滞在は不幸な結果を招く。ボウルズがモロッコ人の少年と次々に交渉をもつのを横目でみて、彼女は市場の売り子シェリファにのめり込み、アルコール依存症から抜けきれず重い鬱病に罹る。ボウルズは対岸のマラガにある精神病院へ通い詰め、60年代に作品を残さなかった。妻のジェインは73年他界する。この死については色々な風評があるそうだ。いわく、ジェインの相手の女性は魔女で呪いを掛けていた、あるいは日常的に毒を仕掛けていた。モロッコという場所を考えると魔女や魔物という言葉が決して非日常的ではなくあるリアリティを持っている。ボウルズの自伝には妻のことについて全くふれられていない。著者はボウルズの作品を翻訳するため、ボウルズに会いにタンジェへ向かう。最初に会ったとき、著者がもう旅行はしないのですかと質問すると、ボウルズは「もうしないよ。だって船がなくなってしまったからね」と寂しそう答えた。インド大麻の大葉を乾燥させ刻んだキフについて、ボウルズは次のように述べている。

  キフを吸う者は好んで、二つの世界があるのだという。ひとつは冷たい自然の法則が
  支配する世界で、もうひとつはキフの世界だという。後者では誰もが、自分の本当の姿
  が写しだされるぐあいによって、「現実」を知覚する。そうした意識のときには、宇宙を
  組み立てている物質は、そのままカナビスによって組み替えられ、自分の思うがまま
  になる。体験中の本人にしか、こうした世界変容は面白くない。しかしキフを巧みに吸
  う者は、世界の変容のあり方をコントロールして、毎日の生活に役立てようとする。自
  分の解釈が正しいと思ったときには、それで決定と見なして、迷わず行動の目的を定
  める。だから熱心な吸引者は、神のお告げに似た決定をただちに得たいときには、
  「もうひとつの世界」に向かうことをしばしば巡礼の旅のように考えている。

モロッコは、著者にとってきわめて異質な、特権的ともいえる場所を占めているという。モロッコに流謫したのは、著者ではなく、ボウルズであり、ジュネであり、ブライアン・ジョーンズであり、見方によれば、平岡千之(三島由紀夫の実弟)とヨリテ将軍、あるいは石川三四郎である。きみは永遠に旅人であることだろう、どの場所にも身を落ちつけることができないように。書物の終わりは旅の終わりに似ている。著者は、次にいつモロッコに戻るだろうかと書いてこのエッセイを終えている。

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三浦鈴さん

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久しぶりに三浦鈴さんを撮影しました。パリへ行くと言ってから、音沙汰がなかったので、もうやめてしまったのかと思ったら、復活されました。8月に撮影して以来、何にもモデル関係の仕事はしていなかったそうで、写真に撮られるのも8月以来ということでした。撮影会出て下さいとお願いしたら、「考えてとおきます」ということなので撮影会も復活するかも。昨日は、お台場に来たのが初めてということで、三浦鈴さんは絶好調だったのですが、カメラが最後の海の撮影のとき、壊れてしまいあえなくジエンド。少し時間があったので、お台場でお茶して帰ってきました。

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ヤマザキナビスコカップ決勝

<ヤマザキナビスコカップ 決勝 川崎 0 - 1 G大阪>

午前中撮影をしていて、一眼レフカメラのミラーが剥がれるといういままで経験をしていない故障で嫌な予感がしたまま、13時20分頃国立競技場に到着。バックスタンドの自由席は満杯状態でしかたないので、立ち見でした。入場者数が41,569人というわりにはぎゅうぎゅうだったような気がしました。試合のほうは、決めるべきときに決めないと勝てないといつものとおりです。最近、川崎は相手によってフォーメーションを変えていますが、今日は左サイドに伊藤宏樹が。これでますます嫌な予感がしました。5バックのような3バックで、「策士、策におぼれる」という感じがしました。交代した久木野、黒津、河村がやはりいまいちで後半の後半はチャンスがありませんでした。マギヌンがいないと攻撃が単調になってしまいます。大橋もなんかいまいちだったような気がします。テセは、管理人が見るときはいつもよくないのですが、なんでなんでしょう。やっぱり、川崎は選手層がまだ薄いという感じでした。ガンバの先制点は、バレーのクロスを二川がシュートしようとして空振り気味で触って、コースが変わったところを安田に押し込まれたもので、アンラッキーといえばアンラッキー。簡単にバレーにクロスを上げさせたのがまずかった。川島が二川を倒したのは、PKだと思ったけどSRの吉田さんは、PKをとらなかった。ガンバのほうが試合巧者という感じでした。試合が終わってもそれほど悔しいという感じはしませんでした。川崎がタイトルをとるのはあと何年先になるのかなあと思いながら、7年前と同じく、国立競技場から渋谷まで歩いて帰った管理人でした。7年前は、タイトル獲るなんて管理人が生きているうちにはあり得ないなあと思っていました。それどころかJ1にいつ復帰できるのかということを考えていました。それを考えると雲泥の差。だからそんなに悔しくなかったんだと思います。
カメラは壊れるし、2時間立ち見だし、試合負けるし散々な一日でした・・・・_| ̄|○ 
カメラが壊れたので、国立競技場の写真が撮れませんでした(´-ω-`)。
渋谷へ帰る途中、前を歩いていたF東京サポと思われる3人組が、2000円だして7対0の虐殺を見せられたけど、1500円でお菓子付きでいい試合見られて安いよなあ、7点も取らないで今日にとっておけばよかったのに、と他サポさまのおかげで満員になったような。
フロンターレサポだけでは、あんな人数にはなりませんよ、たぶん・・・・(^_^;;;

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決戦の時

2007Jリーグヤマザキナビスコカップ決勝

10月20日(土)10時より一般販売しておりました「2007Jリーグヤマザキナビスコカップ 決勝」の入場券は、本日11月2日(金)をもちまして、おかげさまで完売いたしました。決勝当日の11月3日(土・祝)における当日券の販売はございません。

伊藤宏樹:
「去年も今年も『初めての決勝進出』という事を言われました」
佐原:
「2000年は手術をしていてスタンドから見てました。2000年のチームと違うのは、J2の苦しい頃からやってきた選手が中心選手として活躍しているし、前の時とは違う。前はまぐれで決勝まで行ったというのはあった。今年は実力で上がってきたという感じです。サポーターのためにも勝ちたい。毎年増えてきているし、負けてもあまりブーイングされた記憶がない。よそはまた違うみたいですけど。本当に暖かい。優勝して等々力で報告会ができればいいと思います」
森:
「決勝だからと意識はしてないです。ガンバは攻撃が強いから、どうやって抑えるのかが大事だと思う。紅白戦はいつも通り。フォーメーションはガンバを意識したのかもしれないですが、オレらはいつも通りです。(マッチアップするかもしれない安田に関しては)チャンスを作らせないようにうまく対応できればいいと思います。人が変わっただけでパターンは変えていない。マギヌンが出られないのはある。出たかったと思うし」
清水秀彦:
「森は成長しましたよ。試合前に挨拶に来たんですよ(笑)。右サイドバックとしての能力だけを見れば日本一なのは間違いない」

いよいよというかとうとうというか、明日です。当日券が無いというのはフロンターレの試合としてはすごい。2000年のときは空席が目立っていました。7割位が赤いサポータでした。今回はどうなるのでしょうか。競技場全体が青なるのは確かですが。管理人も久しぶりにニットマフラーを持って行きます。これは勝ち点1差でJ1昇格を逃した2003年に、平塚へ行くツアーバスのなかで買ったのであまり縁起はよくないかもしれませんが。管理人はフロンターレのレプリカを持っていないので帽子とこれしか応援グッズがありません。コンサのほうは色々持っていますけど。風邪がなかなか治らずあまり調子は良くないですが、国立へいきます。

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Boys Jump The Midnight

思い通りにいかいないこともあったね。
そんなもんだろ、だって。誰だって。
ロックンロールにしがみついているわけじゃない。
ただ、とらわれているだけだよ。
by Harry

「History of THE STREET SLIDERS」を見た。今頃このようなDVDが発売される理由はよくわからない。久しぶりに見たSLIDERS。このブログのタイトルは、SLIDERSの最後のLive DVD「Last Day」とカート・コバインの最後の日々から題材を得た映画「Last Days」からとったもの。この間、NHKBSをつけたら中島美嘉のliveを放送していて、バックバンドのギターに蘭丸がいたのでしばらく見ていた。「グラマススカイ」のときには、ステージの前に出てきて、相変わらずのギターだった。映画の「NaNa」は演技で、素の中島美嘉にロックは無理というのはわかったけど。このDVDは2枚組で、一枚目は、live映像とプロモーションビデオを年代別に編集したもの。やはり80年代のSLIDERSはいい。二枚目は1999年9月19日の日比谷野音のLive。70年代後半以降ストーンズが全くダメになって、代わりに僕はSLIDERSを聴いていた。僕の「日本の思い出のメロディ」はPANTA、RCサクセション、そしてSLIDERS。Harryは相変わらずテレキャスターをだらっと垂らして演奏しているのだろうか。最近、僕は全くLiveに行かなくなってしまった。昔よく聴いたバンドが再結成したり、何十年ぶりに来日したりしても、聴く気にならなくなってしまった。たぶん、聴きに行っても、単なるノスタルジに過ぎないだろう。あるいは、もうロックはとっくに終わってしまったことを再確認するのが嫌なのかもしれない。

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